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小さな原子の磁気をもっと小さな原子核の磁気と比べて測定する
強い磁石の開発に役立つ簡便で正確な「原子の磁気」の新測定法の開発

 茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の目時直人教授(日本原子力研究開発機構とのクロスアポイント)らは、磁性体の磁力の源である磁性元素をその原子核の磁気によって特定し、原子の持つ小さな磁気の強さを、さらに小さな原子核の磁気と比較して簡便かつ正確に測定する新たな手法を開発しました。
 磁気の強さは磁性体の重要な性質です。この手法を種々の磁性元素に適用し、磁気的性質の起源や複雑な磁気構造を理解して、有用な機能を持つ新物質の開発、強力な磁石に用いられる磁性体の開発などに役立てます。
 本研究成果は、2022年5月15日発行の日本物理学会欧文誌「Journal of the Physical Society of Japan」(5月号)に掲載されました。

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図1

研究の背景・経緯 

 磁性元素の磁気の強さは磁性体の性質や機能を知る上で重要で、磁性体に入射した中性子の反射強度を測定する中性子散乱実験により調べられてきました。通常は(1)様々な方向の散乱強度を正確に測定し、(2)数百点の実験データに補正を加え、(3)結晶の対称性や化学組成などを考慮して得られた構造モデルによる計算と比較を繰り返して(4)結晶構造と磁気構造を決定します。こうして正しい構造を明らかにして初めて、磁気の大きさを決めることができます。このように面倒な理由は、複雑な結晶構造全体からの散乱強度と、原子の磁気配列(磁気構造)に伴う散乱強度を比較して、磁気の強さを決定するためです。従って、結晶構造や磁気構造が不明であったり、実験上の問題から必要な散乱強度の一部が正しく測定できない場合や、実験データの補正が正確ではないときには、磁性材料の最も基本的な特徴である磁気の強さを決めることができませんでした。そのため、磁性元素のみに着目して測定する手法が求められていました。

磁性原子の磁気の強さを決める従来の方法(左)と新しい方法(右)の測定対象

図2 磁性原子の磁気の強さを決める従来の方法(左)と新しい方法(右)の測定対象

研究手法・成果 

 今回実証した方法は磁性元素のみに着目し、その磁性元素の中心に存在する、原子よりさらに小さな原子核の磁気と原子の磁気を比較します。これが今までの方法と全く異なる新しい点です。この原理を使えば、1つの磁気散乱ピーク強度の温度変化を測定するだけで原子の持つ磁気の大きさを決定できます。

 Nd3Pd20Ge6(ネオジムパラジウムゲルマニウム化合物)の磁気散乱強度の温度変化を、研究用原子炉JRR-3の中性子を用いて測定した結果を図3に示します。(1)転移温度TN=1.8K(下向きの黒矢印)以下で中性子の強度が増大しています。これは希土類元素であるネオジム原子(橙色の球)に磁気(赤太矢印)が発生していることを示しています。(2)さらに約0.3K以下で急激に中性子の強度が増大します。これはネオジム原子の原子核に磁気(青矢印)が発生したためです。(3)原子の磁気による散乱強度(左向きの赤矢印)と原子と核の両方の寄与を含む散乱強度(左向きの黒矢印)の比を求めると、原子と核の磁気の強さが比較できます。(4)核の磁気の強さは正確にわかっているため、その値を使えば原子の磁気の強さは簡単に求めることができます。このようにして、この物質のネオジム原子の磁気の強さを決めることができました。


核磁気と原子の磁気の比較から原子の磁気の強さ(磁気モーメントの大きさ)を決める方法図3 核磁気と原子の磁気の比較から原子の磁気の強さ(磁気モーメントの大きさ)を決める方法

 今回実証した方法では、原子核の磁気を用いて磁性元素のみに着目するため、1つの磁気散乱ピークを測定するだけで十分です。通常必要な数百に及ぶ散乱ピークの強度測定やその補正を行う必要はなく、データ解析によって得られる磁気構造や結晶構造の情報も必要ありません。

核準位間の励起スペクトル

8つに分裂した143Ndの核準位

図4 核準位間の励起スペクトル(上)と8つに分裂した143Ndの核準位(下)

 実際に原子核が磁気を帯びていることは、J-PARC物質・生命科学実験施設に設置された逆転配置型超高分解能中性子分光器DNAにより、核準位の分裂幅を測定して確認しました。

 ネオジム元素には質量数の異なる複数の同位体が存在しますが、それらの中で天然の存在比12.2%143Ndは最大値7/2の磁気(核スピン)を持っています。ネオジム原子が磁気を帯びると、その磁場を感じてネオジム原子核も磁気を発生した方が安定になります。従って図4下のように、原子核の状態がその磁気の大きさ(-7/27/2)の違いによってエネルギーが等間隔の8つの状態に分裂します。磁気が最大である7/2の状態が最も安定で最低エネルギーの準位となり、その反対向きの-7/2の磁気を持つ場合は最も不安定で、最高エネルギーの準位になります。(量子力学が支配的なので、磁気の大きさやエネルギー準位は連続的な値ではなくなります。)

 このようにネオジム原子核のエネルギー状態が分裂しているときに、磁気をもつ中性子がネオジム原子核に衝突すると、(i) 中性子とネオジム原子核の磁気がともに変化しない(図4上の黒矢印)、中性子とネオジム原子核が磁気のやり取りをして、(ii) ネオジム原子核の磁気が準位1つ分だけ増加(図4上の青矢印)、または(iii)減少(図4上の赤矢印)する3つの過程が生じます。原子核の構成要素でもある中性子は、ちょうどこの準位1つ分に相当する磁気を持っているからです。ネオジム原子核のエネルギーは、(i)では変化しませんが、(ii)及び(iii)では準位ひとつ分だけ増減し、同じだけ中性子のエネルギーは減少または増加します。従って、中性子のエネルギースペクトルを測定することによって、ネオジム原子核の準位の分裂幅を測定することができます。

 測定した結果から、分裂幅のエネルギーは非常に小さく、3meV(マイクロエレクトロンボルト)、これを温度に換算すると約35mKであることがわかりました。従って35mKよりも十分に温度を下げれば、最低エネルギーの準位のみが占拠され、その結果、核に磁気が発生します。中性子散乱強度が大きく増加した超低温の14mKでは核の持つ96%の磁気が発生します。これが図3において超低温で中性子散乱強度が急激に増加した理由です。またこの原理を使うことによって、磁性体の中で磁気を担う磁性元素を特定することが可能です。

今後の展望

 今回実証した方法は原子核に依存するため、原理的には様々な磁性元素について適用可能で、実際に実験によりその可能性を調べることができる大変興味深い研究です。この方法により磁気を帯びた磁性体の中の磁性元素を特定できます。さらにこの方法を応用すれば、磁性元素が複数存在する物質の磁気を元素毎に特定し、磁気の大きさをそれぞれ決めることが可能になります。そして通常は解析が困難な、複雑な磁気構造や結晶構造の解明に役立てることができます。また、磁気の強さは磁性体の重要な性質であり、その発現機構の理解は非常に重要です。このような研究を通じて、強力な磁石を発生する磁性体の開発などに役立てることができます。

論文情報

  • タイトル:Hyperfine Splitting and Nuclear Spin Polarization in NdPd5Al2 and Nd3Pd20Ge6
  • 著者:Naoto Metoki, Kaoru Shibata, Masato Matsuura, Hideaki Kitazawa, Hiroyuki S. Suzuki, Hiroki Yamauchi, Masato Hagihala, Matthias D. Frontzek, Masaaki Matsuda
  • 雑誌:Journal of the Physical Society of Japan
  • 公開日:2022年5月12日
  • DOI:10.7566/JPSJ.91.054710