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なぜ植物が誕生したのか解き明かしたい
【寄稿】理工学研究科(理学野)助教 小林 優介

画像1.jpgText by小林優介(理工学研究科(理学野)助教)
KOBAYASHI Yusuke/1989年生まれ。2017年京都大学理学研究科生物科学専攻修了 博士(理学)。2014年京都大学日本学術振興会特別研究員DC1、2017年国立遺伝学研究所特任研究員、2018年同研究所にて日本学術振興会特別研究員SPDを経て、2019年10月より現職。専門は植物分子・生理科学。2020年度には茨城大学学長学術表彰奨励賞を受賞。植物が好きで、休日は二人の息子と共に園芸を楽しんでいる。

葉っぱと花はもともと同じ?

 花をプレゼントすることはよくありますが、葉っぱだけをプレゼントすることはあまりないでしょう。でも実は、花びらは葉が変化してできたもので、科学的には花も葉も同じようなものなのです。ではなぜ葉は緑で、花は緑でなく赤や黄などが多いのでしょうか?
 植物の細胞内には色素体と呼ばれる構造があります。この色素体は、多彩な役を演じ分けられる有能な役者なんです。葉の色素体は、光合成に必要なクロロフィルという緑色の色素を蓄積させ、「葉緑体」とよばれる器官になります。一方、花の色素体は、光合成をしないのでクロロフィルはもたず、代わりにいろいろな虫を惹きつける赤や黄などの色素を蓄えた「有色素体」になります。このように色素体がいろいろな役割を果たすことで、動けない植物は光から栄養を作ったり、花粉を運ぶ虫を誘引したりできるのです。
 園芸店では、葉の一部が白くなった「斑」をもつ観葉植物が販売されています。しかし自然界を見てみると、斑を持った野生植物はあまり多くありません。斑の白い部分では光合成ができないので、斑を持つことは生存競争では不利で、野外では淘汰されてしまうと考えられます。斑ができるのは、色素体内に存在するDNAに書き込まれた光合成に必要な遺伝子が、壊れていることが原因であることが多いです。DNAは紫外線、活性酸素などいろいろな原因で傷つき、遺伝情報は失われてしまいます。
 ところが、生物はその傷を治す仕組みをもっているのです。私たちは、色素体内のDNA(色素体DNA)を治し、増やし、次の世代に引き渡す遺伝の仕組みを世界に先駆けて研究しています。

画像2.jpg陸上植物ヒメツリガネゴケの顕微鏡写真。一つの細胞にたくさんの葉緑体(緑色の球状構造)が存在します。

色素体の正体は実は細胞内共生細菌だった?

 なぜ植物だけ色素体を持ち、さらにその中にはDNAがあるのでしょうか。
 この問いに対して、今から100年以上前にロシアの植物学者メレシコフスキーが答えました。彼は、植物細胞を詳しく観察し、色素体は細胞の何もないところから自然にできることはなく(0から1ができるのではなく)、既にある色素体がバクテリアのように分裂することでのみ増殖すること(1個の色素体が2個に分裂・増殖する)を発見しました。さらに彼は、色素体が、もとは全く違う生き物であるシアノバクテリア(藍藻)が細胞内に共生したものに由来するのではないかという仮説を立てました。この仮説は、色素体にDNAが存在し、それらがシアノバクテリアのDNA配列と似ていることが明らかになることでより一層信ぴょう性が高まりました。
現在では様々なDNA配列の解析から、色素体は10億年以上前に、植物の祖先細胞がシアノバクテリアの様な細菌を細胞内に取り込み、消化することなく、共に成長を始めたことで誕生したと考えられています。このモデルは、「細胞内共生説」と呼ばれています。

研究の道具は身近な単細胞生物の「藻類」なんです。

 それでは私たちの研究について紹介します。
 私たちは、主に色素体DNAの遺伝に興味を持って研究を行っています。世界中の多くの植物学者は、シロイヌナズナというアブラナ科植物を材料に研究をします。もちろん、当研究室でも使用しますが、色素体を対象とした研究では不便なことも多いです。
 植物はたくさんの細胞が集まった多細胞生物です。葉の細胞と茎の細胞のように、違う器官・組織の細胞を比較してみるとそれぞれ個性があり、また一枚の葉に注目してみても、葉の先端の細胞と茎に近い細胞でもそれぞれ個性があります。さらに、一つの植物細胞に注目しても、一細胞当たり100個ほどの色素体が存在し、それらにも個性があって、色素体はそれぞれ好きなタイミングで非同調的に分裂・増殖します。
 このように、植物だと細胞間や色素体間でばらつき(ノイズ)が多く、色素体DNAが遺伝する様子を再現性良く観察することが困難です。そこで、私たちはより単純な細胞構造を持つ単細胞性の藻類を主な材料として用いています。

画像3.jpg研究で使用する藻類を培養する様子。液体や固形の培地を使用します。

画像4.jpg実験に使用する藻類の顕微鏡写真。この藻類は、pH 2ほどの強酸性温泉に生息しています。一つの細胞に一つの色素体を持つシンプルな細胞なので、色素体増殖研究に適しています。

 藻類の細胞構造は、一細胞あたり一つだけ色素体が存在するというシンプルなもので、しかも、明暗によって細胞周期と色素体分裂をコントロールできるので、色素体DNAが遺伝する様子を観察したり、解析したりすることが容易であるというメリットがあります。
 私たちは単細胞性藻類を用いたこれまでの研究で、色素体が分裂増殖する際、分裂して誕生する二つの色素体にDNAを均等に分配する上で必須な酵素を発見しました。この酵素はハサミの様に、絡まった葉緑体DNAを切り分け、分配を促進することを発見したのです。驚くべきことに、シロイヌナズナではこの酵素が壊れると、死に至ることがわかりました。この酵素は、藻類をモデルとして研究を行ったからこそ見つけることができたもので、その成果は米国科学誌「サイエンス」に掲載されました。
 現在は、父親の色素体DNAが破壊され、母親の色素体DNAしか子孫に伝わらない「母性遺伝現象」、色素体DNAを折り畳んだり、遺伝情報をコピーしたりする仕組みについて研究をしています。研究室に優秀な学生が集まってくれたおかげで、楽しく研究できています。

茨城大学で一緒に科学を学びませんか?

 最後に高校生に向けて理学部の紹介をします。
 私が所属する理学部は、自然法則を解き明かす学問「基礎科学」を専門にします。基礎科学は、役に立つか立たないかの陳腐な議論を離れ、この世界がどのように誕生し、そして私たちがどうしてここに存在するのか、そういった問に対して科学的視点から解答を挑むものであり、人類に許されたなんとも豊かな活動ではないかと私は思います。
 植物がいなければ私たちが存在する生態系が構築されるはずがありません。植物が誕生したきっかけである細胞内共生(説)は高校の教科書にも登場する有力な仮説ですが、科学は日進月歩なので、もしかしたら新たなモデルが提唱され、それが主流になるかもしれません。
 私は現在の、そして未来の茨城大学の学生は、常識を覆すような大発見ができると期待していますし、学生には人類の知の歴史の一端を担っているという矜持を持って研究に取り組んでほしいです。

※本研究活動の一部は、研究推進経費による「令和2年度 Research Booster」を受けて実施しています。

関連リンク

茨城大学理学部
http://www.sci.ibaraki.ac.jp/
公益財団法人稲盛財団 2021稲盛研究助成 生物・生命系 採択
https://www.inamori-f.or.jp/recipient/kobayashi-yusuke/

studymylove.jpg ときには何十年、何百年後の未来を展望しながら学問、真理を追究する研究者たち。茨城大学にもそんな魅力的な研究者がたくさんいます。
 研究者自身による寄稿や、インタビューをもとにしたストーリーをお楽しみください。
 【企画:茨城大学研究・産学官連携機構(iRIC)&広報室】