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アシナガバチやスズメバチから見る生物の多様な在り方
【寄稿】理工学研究科(理学野)准教授 諸岡 歩希


morookaText by 諸岡 歩希(理工学研究科(理学野)准教授)
MOROOKA Fuki/1980年生まれ。2007年茨城大学大学院博士後期課程修了 博士(理学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、茨城大学非常勤講師、立正大学助教、茨城大学助教を経て、2014年より現職。専門は多様性生物学・昆虫分類学。2人の娘とともに、日々、公園をめぐり、虫を探している。

ハチが教えてくれること

「アシナガバチ」や「スズメバチ」と聞くと、普通の人はこわい、刺される、などと思うだろう。これらの"ハチ"は一般的には衛生害虫として知られ、嫌われ者であるかもしれない。しかし、ハチたちをいつもと違った視点でみると、地球上の生物の多様な在り方や複雑な相互作用を垣間見ることができる。

1.JPG2015年に学名をつけたParapolybia crocea Saito-Morooka et al., 2015 (ムモンホソアシナガバチ)。水戸市森林公園の樹洞の入り口に集まっているところ。冬にはこの中にもぐり、越冬する

身近な未記載種

 アシナガバチやスズメバチといった大型のカリバチ類は、古くから分類学的研究が行われ、「分類学の父」と呼ばれるカール・フォン・リンネが名前を付けたものさえある。しかし、現代にあってもいまだ学名のない(未記載の)多くの種が存在する。
 日本であっても例外ではない。本州の里山や雑木林などによく見られる、ムモンホソアシナガバチというハチがいる。私はそのハチが未記載であったことに気づき、2015年にParapolybia croceacroceaはラテン語で"黄色"の意)という学名をつけた。それまでは別の学名が充てられていたが、それとはまったく別物だったのだ。ホソアシナガバチ属では約50年ぶりの発見。この種は、下草刈りの際に刺される事故が多いとされ、攻撃性は強いのだが、普段はとくに午後から夕方にかけて暗い林床をゆらゆらと飛んでおり、あまり目立たない。ホソアシナガバチ属は、中東から東アジア・東南アジアまで広く分布しているが、それまで5種しか知られていなかった。2015年の論文で上述のP. croceaを含む8種があらたに追加された。実際はアジアにこれだけ多くの種が存在することに、ほとんど誰も気づいていなかったのである。現在は、東南アジアを中心とした地域で標本を収集してホソアシナガバチ属の分類学的研究を継続しており、さらに10種程度の未記載種がいることが明らかになりつつある。
 またP. croceaには寄生線虫がいることが明らかになっているが、これも名前がついていないため記載の準備を進めているところである。カリバチのような大型の昆虫類で古くから研究が行われていても、また、ごく身近な生物であっても、いまだ記載されていない(学名のない)生物は地球上に多く存在するのだ。

2.jpg学名の記載に欠かせない標本。台湾の博物館を訪れた際に見せていただいたもの。

アシナガバチの擬態

 アシナガバチやスズメバチ類というと、ふつう、黄色(あるいは茶色・褐色)と黒の縞模様が思い浮かぶのではないだろうか。このような派手な模様は、毒や針などの防御機構をもつことを、鳥などの捕食者にアピールするための、警告シグナルであると考えられている。
 さらに、このような防御機構を持つ者同士が、互いに警告シグナルを共有することをミュラー型擬態と呼ぶ。カリバチ類でも、特に島嶼域では、地域や島ごとに異なる色彩・斑紋パタンがみられ、それらが異なる種同士で酷似することが知られる。
 例えば、西表島や石垣島に分布するアシナガバチ類3種は皆、黄色の斑紋が著しく発達し、派手である。一方、沖縄島では斑紋が茶褐色~黒褐色で、地味な体色をしている。つまりこれらの地域では、異なる島に生息する同じ種同士よりも、同じ島にいる別種同士の方がよく似ているのである。これらは、島ごとに異なるミュラー型擬態リング(複数の生物種によって構成されるミュラー型擬態の生物群集)が成立していることを示唆している。
 では、このような複数の種によるミュラー型の擬態はどのようにして成立してきたのであろうか?また、島ごとに警告シグナルが異なっているのはどうしてだろうか?想定される捕食者は、果たして鳥や爬虫類だけだろうか?
 現在、次世代シーケンサーなどを使った遺伝的な解析や現地での観察をとおして、これらの問題に取り組んでいるところだ。

3.JPG西表島でのフィールドワークの様子。アジアを中心とした海外でのフィールドワークの際は、様々なトラブルもあるが、何よりも一番楽しい時間である。

寄生生活をするスズメバチ

 アシナガバチやスズメバチは、ほとんどメスのみが子育てをしている。温帯では、オスはふつう、繁殖期である晩夏から秋にかけてしか出現しない。そのため、女王バチの実の娘である働きバチが、子育てに関する労働の一切を担っている。
 しかし、一部(あるいは全部)の労働力を他の種の働きバチに依存する生活様式を持つものがいる。これらは社会性寄生と呼ばれ、日本ではチャイロスズメバチがこの様式をとる。
 チャイロスズメバチの女王は、宿主であるモンスズメバチやキイロスズメバチの女王より、やや遅い時期に越冬から目覚める。すでに働きバチが羽化して営巣が行われている宿主のコロニーに、女王が単独で侵入し、宿主の女王を殺してしまう。その後、自身の卵を産み、残っている宿主の働きバチに自分の子を育てさせる。するとやがて、コロニーは完全にチャイロスズメバチに置き換わる。
 興味深いことに、ここ30年ほどの間にこのチャイロスズメバチの日本国内での発見報告件数が増えている。通常、寄生生物は宿主が存在する場所でしか生きていけないため、急速に分布を拡大している例は非常に稀である。チャイロスズメバチの分布域は、北海道では道央から東部へ、本州では東日本から西日本へと拡大しており、温暖化の影響は考えにくい。よって、人為的な移動によるものか、宿主との相互作用が変化したことによるものである可能性が高い。後者の場合は、本来の宿主とされるモンスズメバチではなく、全国的に増加傾向にあるとされるキイロスズメバチへの宿主転換や宿主拡大が疑われる。当研究室では、これらの可能性について、遺伝的な側面からの解析を試みている。

4.JPG岡山県で採集されたチャイロスズメバチ(山田養蜂場, 加藤氏採集)。もともとは、東日本の日本海側で密度が高いとされていたが、関東や西日本でも採集が相次いでおり、2020年には四国でも確認された。

※本研究活動の一部は、研究推進経費による「令和2年度 Research Booster」を受けて実施しています。

関連リンク

【研究室ホームページ】https://morolab.jimdofree.com/

studymylove.jpg ときには何十年、何百年後の未来を展望しながら学問、真理を追究する研究者たち。茨城大学にもそんな魅力的な研究者がたくさんいます。
 研究者自身による寄稿や、インタビューをもとにしたストーリーをお楽しみください。
 【企画:茨城大学研究・産学官連携機構(iRIC)&広報室】