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「はやぶさ2」大気圏再突入を観測する多様な研究者たちの挑戦
電波、光、空振―チャンスとネットワークを活かし新たな知見を

 小惑星探査機「はやぶさ2」――初号の「はやぶさ」同様、小惑星のサンプルを持ち帰って地球へ無事に帰還できるか、その模様を日本中が固唾をのんで見守っていました。
 一方、その帰還の様子を少し違った視点から観測していた研究者たちがいます。理工学研究科(理学野)の野澤恵准教授もそのひとり。野澤准教授は、カプセルが大気圏へ突入するときに発生する電波を捉えようとしていました。

 「はやぶさ2」の大気圏突入の観測キャンペーンに参加しませんか?――JAXA(宇宙航空研究開発機構)からそんな公募があったのは、日本で新型コロナウイルス感染症が広がる前の2019年の12月のこと。太陽の研究を専門とする野澤恵准教授も手を挙げました。

 宇宙空間から地球にやってくる岩石の小さなかけらなどは、たいてい成層圏で燃え尽き、消滅し、いわゆる流星となって光ります。しかし30cmを超えるような大きさの隕石となれば話は別。地表に達すると、場合によっては大きな被害をもたらします。それらの影響を知るためには、実例を「観測」することが重要ですが、そのチャンスはなかなか到来するものではありません。

 一方、「はやぶさ2」のカプセルは直径40cm程度で、地表に落ちてくる時間・場所を軌道から予測することも可能です。ということは、「大気の状況がカプセルの動きにどう影響するか?」「地球の気象や地震への影響は?」といった関心をもつ研究者にとっては、準備を万端にして実際の突入の様子を観測できる貴重な機会となるのです。

「たとえば『はやぶさ』のときから参加している高知工科大学の山本真行先生は、衝撃波による空気の振動、"空振(くうしん)"を記録していました。実はこの山本先生は、先日のトンガの海底火山の噴火でも日本への津波の原因となった空振の観測もしています。今回の津波の予測はかなり困難だったようですが、そうした点でも『はやぶさ2』のカプセルの観測からわれわれの生活にかかわる大事な知見がたくさん得られるということです」(野澤准教授、以下同じ)

nozawa220127_02.jpg

 今回カプセルが落ちたのは、南オーストラリア州中部の軍用地ウーメラでした。JAXAは当初厳格な情報管理のもとで落下時刻を限定公開する予定でしたが、最終的には秒の単位まで世界に公開しました。実際の落下時刻は数秒の違いしかなかったそう。野澤准教授は、「大気の状況によってカプセルの落ち方は変わってきます。そうした条件も念頭に置いた上でここまで精確に予測できる技術は誇るべきものだと思いますね」と称賛します。

 その野澤准教授が今回観測をしたのは、「電波」です。

「カプセルが高速移動をして大気圏に突入すると、その表面に高温のプラズマという物質が生まれ、電波を発すると予測しました。私はFMラジオと同程度の100MHzぐらいの電波が出ると見積り、それを1~2メートルのアンテナと観測器で捉えたいと考えました。観測器にはマイクロウエーブファクトリ/JAMSATの深井貫さんという方が開発したマイコンを使いました

nozawa220127_03.jpg現地での電波観測の様子

 JAXAからの公募当初は、自ら現地へ機材を持ち込んで観測する予定だったものの、新型コロナウイルス感染症の拡大でできなくなり、オーストラリアの研究者に機材を送ってアンテナを設置、記録してもらうことになりました。ところがそれが思わぬ結果を招くことに......。

「実は観測は失敗してしまいました。観測器の日時設定がどこかの過程でずれてしまったようで、カプセル再突入時にうまく起動しなかったんです。記録されていたのはただのノイズでした」

 それは残念!
 しかし、他の観測は成功し、その初期成果などをまとめた論文が出版されました(Sansom et al.(2021) )。野澤准教授は共同執筆者として、その著者の一人となっています。

nozawa220127_04.jpg実際に使われた観測器

 野澤准教授ももちろん諦めることなく、日本以外の国による実験も含めて今後もチャンスを探るそうです。

 ところで、もともとフレアや黒点といった太陽活動を研究している野澤准教授が、どうしてカプセルの移動に伴う電波の観測をしようとしているのでしょう?

「私が知りたいのは、個々の物体の電波の出方、つまり振動から電波に変わる仕組みなんですね。ここはまだブラックボックスなのですが、実はその電波の出方が太陽のフレアと類似しているのではないかと見ています。野心的すぎる目標で周囲から心配されていますが(笑)」

 また、成層圏の状況が太陽の活動によってどのような影響を受けるかについても詳細にはわかっていないそうです。

「地球の地上10kmぐらいまでの高さが対流圏で、100kmぐらいのところが宇宙との境目と言われます。多くの人工衛星は400km以上を飛んでいる。で、成層圏より上の50kmから500kmぐらいが電離圏ですが、この層のことは直接観測できないため、まだよくわかっていないんです。
 たとえばその層より上を周回している国際宇宙ステーションなどは、ごく薄い大気により常に抵抗がかかり、だんだんと地球に落下しています。ここに太陽の活動が影響していることは知られていて、太陽活動が活発になりフレアや黒点がたくさん観測されるようなときは、ごく薄い大気の密度が高まって、大きな抵抗がかかりやすくなるんです。もし国際宇宙ステーションの高度が400km以下になると、一か月程度で地球に落下ししてしまうので、エンジンを吹かして高度を上げる必要がある。
 宇宙開発の最大問題になりつつある宇宙ゴミ(デブリ)はどの高度にもあり、日々増え続けているので、そうしたものの安全な処理を考える上でも、高度100kmから400kmのメカニズムの解明は重要なんですよ」

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 成層圏の調査のため、これまで日本においても「人工流星」のような計画も立てられているとか。JAXAが「はやぶさ3」を飛ばす日もそんなに遠くないはず。そのカプセルがまた地球へ戻ってくるときは、その様子を多様な視点から見守っている研究者のネットワークがあることにも、ほんの少し思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

(取材・構成:茨城大学広報室)