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タンパク質のほどけた中間状態の構造を中性子によって決定

 茨城大学大学院理工学研究科の高妻孝光教授、山口峻英助教と、ユーリッヒ中性子研究センターのHenrich Frielinghaus博士、Alexandros Koutsioubas博士らの共同研究グループは、中性子小角散乱法(SANS法)を用いて、脱窒菌に見出されるシトクロムc'のアンフォールド中間状態(構造がほどけた状態)の構造決定に成功しました。
 バクテリアに見出されるシトクロムc'は、αヘリックスが束になったヘリックスバンドル構造をもち、その内側に生理的機能の中心的役割を担うヘムを持っています。そのヘム鉄の性質はシトクロムc'周辺のpHによって変化することが知られていましたが、今回研究グループは、中性子小角散乱(SANS)という手法を用いてシトクロムc'の溶液中の構造変化を調べ、pH 13付近ではアンフォールド中間状態をとることを明らかにしました。
 このような基礎研究により、タンパク質のフォールディング・アンフォールディングの理解が進むことで、タンパク質をキャリアとするドラッグデリバリーシステムの設計等に貢献することが期待されます。
 この成果は、国際学術雑誌であるBiomoleculesに掲載されました。

>>詳しくはプレスリリース(PDF)をご覧ください。

背景

 シトクロムc'は、脱窒菌や紅色光合成細菌などに見出されるタンパク質で、4本のαヘリックスが束になったヘリックスバンドル型構造の内側にヘムを含んでいます(1)。シトクロムc'はヘムの中心にある鉄原子を利用して、脱窒菌が行う一連の代謝反応の中で生じる一酸化窒素(NO)との結合などに関与すると考えられています。また、シトクロムc'の周辺のpHが変化することで、ヘム鉄の分光学的性質が変化することが知られていました。これまでに高妻孝光教授の研究グループは、超高分解能のX線結晶構造解析によって、シトクロムc'pH 10付近のアルカリ条件にするとαヘリックス間の水素結合が変化してヘリックスバンドル型構造に緩みが生じ、ヘム鉄の構造と分光学的性質が変化するメカニズムを明らかにし、報告してきました。一方、pH 13以上の高アルカリ性条件下では、シトクロムc'のヘム鉄の分光学的性質がさらに変化しますが、その構造は明らかになっていませんでした。今回、研究グループは、中性子小角散乱法を用いてシトクロムc'の溶液内構造を決定し、このメカニズムを明らかにしました。

研究手法・成果

 シトクロムc'のpH構造転移を解明するために、研究グループはドイツのResearch Neutron Source Heinz Maier-Leibnitz (FRM-II)にある中性子小角散乱装置であるKWS-1を用いて、中性子小角散乱データを収集しました。pH 6.4とpH 9.6で得られた中性子小角散乱曲線は、ヘリックスバンドル型の結晶構造から計算される散乱曲線とよく一致していました。またこの条件でシトクロムc'は二量体として存在していることもわかりました。pH 1.7で測定した中性子小角散乱データの特徴は、シトクロムc'が本来持っていたαヘリックスなどの折りたたみ構造が完全に失われ、ランダムな構造に変性したことを示していました。一方、pH 13では、4本のαヘリックス構造が保持されたままリンカーペプチドで繋がったアンフォールディング中間状態であることがわかりました。このアンフォールディング中間状態の構造を詳しく調べるために、ab initioモデリングで実験データに基づきシトクロムc'の分子形状をダミー原子(ビーズ)の集合体として再現したところ(図2)、pH 13ではαヘリックスが大きく開いた「オープンバンドル型」構造をとっていることが判明しました。ここから、シトクロムc'をアルカリ性にしていくとヘリックスバンドル構造が緩み、さらに強いアルカリ性ではバンドル構造が開くことで、ヘム鉄の分光学的性質が変化するものと考えられます(図3)。また、pH 13のオープンバンドル構造は、pH を中性に戻すとまた元の構造に戻る(リフォールド)することから、今回の発見はタンパク質が機能をもつ構造へと折りたたまれていく機構を解明する上でも有用であり、タンパク質を用いるバイオ医薬品開発にもつながるものといえます。

cytochromec_fig1.jpg図1 脱窒菌由来のシトクロム c'の構造。ヘリックスA、B、C、Dからなるヘリックスバンドル型構造の内側にヘムが位置している (PDB ID: 4WGY)

cytochromec_fig2.jpg図2 中性子小角散乱データを基に、ダミー原子(ビーズ)の集合体として、pH 13におけるシトクロムc'の分子形状を表現したビーズモデル(上)と、ビーズモデルに4本のαヘリックスを当てはめた構造(下)。

cytochromec_fig3.jpg図3 シトクロムc'のpH をアルカリ性に変えたときに起こる構造変化の模式図。pH 10ではヘリックスバンドル構造が緩み、pH 13ではバンドルがほどけてヘムが露出する。

今後の展望

 本研究によって、ヘム鉄の構造変化を伴うシトクロムc'の構造転移の詳細が明らかになったことと同時に、アンフォールディング中間状態の構造が明らかになりました。これによって、今後、タンパク質のフォールディング・アンフォールディングの理解が進み、タンパク質をキャリアとするドラッグデリバリーシステムの設計等に繋がることが期待されます。

論文情報

  • タイトル:Open-Bundle Structure as the Unfolding Intermediate of Cytochrome c' Revealed by Small Angle Neutron Scattering
  • 著者:Takahide Yamaguchi, Kouhei Akao, Alexandros Koutsioubas, Henrich Frielinghaus, and Takamitsu Kohzuma*
  • 雑誌:Biomolecules
  • 公開日:202217