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ハダニの生殖隔離にはどれくらいの遺伝距離が必要か
半倍数体における種分化研究のモデルとして

 筑波大学生命環境系/山岳科学センターの佐藤幸恵助教、流通経済大学経済学部 後藤哲雄教授(前茨城大学農学部教授)、株式会社日本バイオデータ 松田朋子研究員らのグループは、ハダニ類において雑種がほぼできなくなるのに必要な遺伝距離を推定するとともに、さまざまな環境や条件による生殖隔離の強さへの影響に関する示唆を得ました。

 生殖隔離の発達とは、それまで交雑可能であった生物集団の間で雑種ができなくなることを指し、種分化を理解する上で重要な機構です。これまでは、ショウジョウバエなど人間同様に雌雄とも2セットのゲノムをもつ二倍体生物を中心に研究が進められてきました。しかし、その重要な機構を理解するためには、遺伝様式や生態の異なるさまざまな分類群を対象とした研究も必要です。

 そこで本研究では、アリ類やハチ類と同様に雌は2セット、雄は1セットのゲノムを持つ半倍数体生物のオウトウハダニを対象に、集団間の生殖隔離の強さと、遺伝的分化の度合いを表す遺伝距離の関係を調べました。半倍数体生物は最も種数が多い分類群とされる節足動物の約15%を占めます。

 世界7カ国から集めた集団間で交配実験を行った結果、卵と精子が受精する前や、受精後においても雑種の発育や妊性において障害があるなど、さまざまな段階で生殖隔離がみられました。また、ミトコンドリア遺伝子の変異度合いを調べた結果、集団間の遺伝距離が大きいほど生殖隔離が強くなるという傾向がみられました。これは、「遺伝的変異が蓄積された結果、生殖隔離が発達する」という、これまでの主流の見解を支持する結果です。

 また、本研究とススキスゴモリハダニ種群を対象とした先行研究により、ハダニ類において雑種がほぼできなくなるのに必要な遺伝距離は、0.15-0.21(ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子)であると推定されました。一方、同じ遺伝距離であっても生殖隔離の強さが異なり、集団間の地理的関係から不適応な雑種がつくられないように受精前の段階の生殖隔離が強化されている可能性が示唆されました。さらに、同じ集団間であってもどちらの集団を雌にするかにより生殖隔離の強さが異なることから、母親から引き継がれる細胞質と両親から受け継ぐ核の間の相互作用も、ハダニ類の生殖隔離に強く作用している可能性が示唆されました。

 これらの発見により、半倍数体における種分化研究がますます発展していくと期待されます。

>>詳しくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

研究の背景

 生殖隔離の発達とは、それまで交雑可能であった生物集団の間で雑種ができなくなることを指します。生殖隔離がなければ、異なる環境に置かれて異なる形質をもつ集団に分化したとしても、出会えば再び交じり合い、一つに戻ることができます。しかし、生殖隔離が確立してしまうと、分化した集団は再び同じ集団に戻ることができません。そのため生殖隔離は、種分化や生物多様性を理解する上で、重要な機構と考えられています。

 その重要な機構を理解するためには、遺伝学的、生態学的、理論的研究といったアプローチはもちろんのこと、遺伝様式や生態の異なる、さまざまな分類群を対象とした研究が必要となります。特に、多くの研究はショウジョウバエなどの二倍体生物を中心に行われているものの、アリ類やハチ類などは半倍数体生物であり、半倍数体生物は節足動物の約15%を占めます。これら半倍数体生物は二倍体生物と遺伝および性決定システムが異なっており、受精卵から雌が、未受精卵から雄が発生し、分類群によっては、未交尾で産卵して息子を産み、息子と交配することで娘を産むことができます。この違いにより、二倍体生物に比べて環境などの変化に対する適応が速く、近交弱勢に強く、雌は性比調節に長け、社会性を発達させやすいなど、半倍数体特有の特徴や傾向があります。これらの特徴や傾向は種分化にも影響すると期待されます。しかし、半倍数体を対象とした種分化研究の事例は未だ数少ないのが現状です。

 ハダニ類(節足動物門 クモガタ綱 汎ケダニ目 ハダニ科)は体長1mm未満の微小な植食性節足動物で、アリ類やハチ類と同様に、半倍数性の遺伝システムをもちます。ハダニ類の一部は世界各国で農業害虫として問題になっているため、古くから研究されて飼育法が確立されています。また、世代期間が短いなど、交配実験による生殖隔離状況の調査を行う上でも非常に優れた生物です。

 そこで本研究では、ユーラシア大陸に広く分布し、各国でリンゴやオウトウ(桜桃)などの害虫として問題になっているオウトウハダニAmphitetranychus viennensis (Zacher)に着目し、生殖隔離の発達機構を調べました。

研究内容と成果

 生殖隔離の発達機構としては、自然選択や遺伝的浮動などにより、集団間で遺伝的変異が蓄積された結果、生殖隔離が発達するといった見方が主流です。一方で、不適な雑種形成の妨げにもつながるため、自然選択により強化されうることも、古くから提唱されてきています。いずれの説も、近縁種や種内個体群といった集団間での生殖隔離の強さと遺伝距離の関係から調べることができます。

 そこで、本種をヨーロッパから日本にかけて7カ国・地域から集めて集団間で交配実験を行うと共に、それぞれのミトコンドリアDNAのCOI遺伝子の配列を用いて遺伝距離を調べ、生殖隔離の強さと遺伝距離の関係を調べました。その結果、受精する前の段階や、受精後においても雑種の発育や妊性において問題があるなど、交配後のさまざまなステージで生殖隔離がみられました。そして、本種においても集団間の遺伝距離が大きいほど生殖隔離が強くなるという傾向がみられました。これにより、遺伝的変異が蓄積された結果、生殖隔離が発達するという、これまでの種分化研究における主流の見解が支持されました。

 また、本研究とススキスゴモリハダニ種群(Stigmaeopsis miscanthi species group)を対象にした先行研究(Sato et al. 2018)により、ハダニ類において雑種がほぼできなくなるのに必要な遺伝距離は0.15-0.21(ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子)であると推定されました。一方、ハダニ類を対象とした本研究と先行研究(Sato et al. 2018)では、同じ遺伝距離であっても生殖隔離の段階や強さは異なり、集団間の地理的関係から、分布が近いと不適応な雑種をつくらないように受精前の段階での生殖隔離が自然選択により強化されている可能性が示唆されました。また、それぞれの研究で、同じ集団間でもどちらの集団を雌にするかにより、生殖隔離の強さが異なることから、母親から受け継ぐ細胞質と両親から受け継ぐ核の間での相互作用がハダニ類の生殖隔離の発達に大きく作用している可能性が示唆されました。

hadani-1.png 本研究に用いたオウトウハダニの採集場所と寄主植物(A)と
オウトウハダニ集団の系統関係(B)

hadani-2.png 観察された生殖隔離の隔離段階と
各段階における生殖隔離の強さと遺伝距離の関係

今後の展開

 半倍数体を対象とした生殖隔離の強さと遺伝距離の関係の調査は、本研究とススキスゴモリハダニを対象とした先行研究が初めてです。これらの研究で得られた知見は、今後の半倍数体における種分化研究の発展を促すものです。引き続きハダニ類を対象とした研究を進めることにより、二倍体生物に比べて環境などの変化に対する適応が速く、近交弱勢に強く、雌は性比調節に長け、社会性を発達させやすいといった半倍数体特有の特徴や傾向が、種分化に与える影響の解明を目指しています。

参考文献

Yukie Sato, Hironori Sakamoto, Tetsuo Gotoh, Yutaka Saito, Jung-Tai Chao, Martijn Egas and Atsushi Mochizuki (2018) Patterns of reproductive isolation in a haplodiploid -strong post-mating, prezygotic barriers among three forms of a social spider mite. Journal of Evolutionary Biology 31: 866-881
(doi: 10.1111/jeb.13270)

研究資金

 本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(科研費)基盤研究(B)(17H03775:後藤哲雄)の支援を受けて行われました。

掲載論文

  • 題名:Patterns of reproductive isolation in a haplodiploid mite, Amphitetranychus viennensis: prezygotic isolation, hybrid inviability and hybrid sterility.
    (半倍数体オウトウハダニにおける生殖隔離パターン:接合前隔離、雑種生存、雑種妊性について)
  • 著者名:Yukie Sato, Satoshi Fujiwara, Martijn Egas, Tomoko Matsuda and Tetsuo Gotoh
  • 掲載誌:BMC Ecology and Evolution
  • 掲載日:2021年9月23日
  • DOI:10.1186/s12862-021-01896-5