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令和3年度茨城大学学位記授与式(9月期)を開催

 茨城大学は9月17日、令和3年度茨城大学学位記授与式(9月期)をオンラインで開催しました。今期は卒業・修了生計35名に対し学位を授与しました。

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令和3年度茨城大学学位記授与式 学長式辞

 みなさん、卒業、修了、おめでとうございます。

 昨年からの新型コロナウイルス感染症、COVID-19の災禍が治まらず、みなさんの研究生活にも大きな影響があったと思います。そのような苦境の中で、学位論文を完成させ、卒業・修了を迎えられたことに、まず敬意を表します。そして、みなさんの学業を支えてくださった、ご家族、友人、そして指導教員の皆さまにも、お祝いを申し上げます。

 この学位授与式に出席しているみなさんにとって、2021年は人生の節目の年となるだけでなく、東京オリンピックとパラリンピックが開催された年として記憶に残るでしょう。特に、パラリンピックは私たちに「障害」ということの意味を、改めて考える機会になったのではないでしょうか。ここで、私が考えたことを皆さんに紹介して、みなさんの新たな出発を応援する言葉としたいと思います。キーワードは、「多様性」と「格差」の関係です。

 私たち人間は、食べ物への嗜好や、モノの好み、そして考え方にも違いがあり、身体的な機能においても一様ではありません。その違いを「多様性」として捉えることに異論はないはずです。しかし、その違いが、自分の努力や意志ではどうすることもできない他律的に決められた社会の枠組みで「差別」や「格差」につながることは大きな問題です。

 私は、遅まきながら、「エイブリズム」という言葉を知りました。これは、障害を持たない人に比べて、障害を持つ人は劣っているとする考え方で、非障害者優先主義を意味しています。私たちの多くはエイブリズムに陥りやすく、非障害者の基準を前提にして社会環境を作ってきました。障害を人間の多様性として捉え、それを包摂する社会づくりが軽視されてきたということです。

 ここで、ハーベン・ギルマさんの回想録の一節を紹介します。その本の副題は、「ハーバード大学法科大学院初の盲ろう女子学生の物語」です。その本の中で、ハーベンさんはルイジアナ視覚障害者センターで受けた授業での挿話を語っています。その挿話は次の通りです。

「盲目の物乞いが紳士に近寄って行く。物乞いはタバコ用のライターを紳士の手に押し付け、1ドル札をせがむ。紳士は、自分はタバコを吸わないと言うが、物乞いは1ドル札を手に入れるまでまとわりつく。物乞いは、紳士がもっと金を持っているとふんで、自分が目の光を失ったのは、ある工場での爆発が原因だったと言い、ドラマチックに話に尾ひれをつけて語り出す。するとその紳士は、そのときに自分も同じ工場で働いていたと言い、爆発が起こったときに物乞いと一緒にいたと告白する。」。

 この先の展開はどうなったと思いますか? 二人の最後のやりとりは、物乞いの「お前は無事だったかもしれないが、俺は目が見えなくなったんだ! わかるか?」に対して、紳士は「そうか、そんなことで騒ぐなよ。俺だって目が見えないんだ。」という答えです。

 みなさんは、この話にどのような感想を持ちましたか? 私は、物乞いは格差の問題を訴えているようですが、自身もエイブリズムに染まっていると思います。一方、紳士は、エイブリズムの社会であっても、盲目は騒ぐようなことではなく、人間の多様性であり、どんな人にも活躍できる場があることを信じて生きてきたのだと思います。

 格差に関係して気になる言葉使いがあります。人々が互いに競争する社会の様相を語る言葉として、「勝ち組」、「負け組」という言葉が流行りましたし、今でも使う人がいます。私は、人間の多様性からすれば、誰かが何らかの結果の状況だけで安易に人生を決めつけて仕分けする行為を許容したくありません。みなさんの多くは、これから社会に出て、良いことも悪きことも経験するでしょう。もし、苦境に遭ったら、どんな自分であっても、たとえ目の光を失っても、活躍できるチャンスは必ずあることを忘れないでください。私たち茨城大学の教職員全員は、みなさんが歩もうとしているそれぞれの未来を応援しています。

 本日は、卒業、修了、おめでとうございました。

令和3年9月17日
茨城大学 学長 太田寛行