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ウシのブラッシングによる学生のストレス軽減を生理データで確認
―農・安江教授に聞く

 ウシのブラッシング作業体験が大学生にリラックス効果をもたらす--そのような研究結果を示した、茨城大学農学部の安江健教授らのグループによる論文が日本畜産学会報に掲載されました。コロナ禍で対面の演習がしづらい中、改めて動物に直接触れる活動の教育的な価値を示すデータともいえます。詳しい話を安江教授に聞きました。

brushing1.jpg ウシのブラッシング

―今回は、ウシの飼育管理にかかわる作業が、大学生のストレスなどにどのような影響があるか、という研究ですね。

安江「はい。本学の農学部が近隣の県立医療大や病院などと連携して推進している、"農医連携"の取り組みの一環で行いました。農学部の学生10人に被験者となって、ブラッシング、体重測定、除糞、給餌作業という作業の間、心拍計をつけてもらい、心電図などを連続で測定しました。また、作業後にはストレスの指標となる唾液アミラーゼと『ストレス・レスポンス・スケール』というものを測りました。これらを解析した結果、特にブラッシングに関しては大学生にリラックス効果をもたらすことが示されました」

―動物との直接的な触れ合いの体験が人間にもたらす癒しの効果が、心理的・生理的に明らかになったということですね。

安江「動物が人に及ぼす影響、たとえば入院患者にはこういうメリットがありますとか、そういう研究は昔からたくさんあります。『アニマル・セラピー』ということで日本でも間もなく保険適用になりそうですが、エビデンスもいろいろたまっている。ところが、それらは基本的にペット、つまりイヌ、ネコの話なんです。そこで私の着眼点としては、日本においてこれだけ畜産動物がたくさん飼われている中で、イヌ・ネコといったペットでできることを、家畜でもできないか、ということですね。つまり、家畜においても、食資源以外の価値を引き出せるのではないかと」

―食の手段としてしか考えられていなかった畜産と人間の関係を、もっと豊かなものとして捉えられないか、ということですね。

安江「環境への意識が高まる中で、ウシのゲップには温室効果ガスであるメタンを含んでいたり、糞尿やたい肥が水質汚染をもたらしたりと、畜産は環境汚染の元凶として、社会的に厳しい視線を注がれているといえます。畜産を、豊かなたんぱく源を人類に提供するものとだけ考えていては、そのうち昆虫食に代替されるでしょう。畜産は不要ということになりかねない。しかし、動物を飼うということには、食資源の供給以外の価値もあるはずで、そのエビデンスを今からためておかないといけない、と思っているわけです」

brushing2.jpg 安江教授、農学部の農場にて

―なるほど。安江先生はこれまで農場で飼育しているヤギを小学校に貸し出すなどの活動も積極的にされてきたので、動物と触れ合ったときの子どもたちの反応も直に見てきたかと思います。

安江「ええ、子どもたちの反応はいいですよ。低学年ほどインパクトがある。今回の実験は大学生だから、さすがに落ち着いていてインパクトは少ない(笑)。それでも、心電図や心拍数からは、心理的な状況の変化がはっきりと見て取れたわけですね。私はもともと動物の行動や管理が専門ですから、人間の研究は始めてです。農医連携の取り組みを進めている豊田さん(豊田淳教授)たちや医学系の先生たちの知恵も拝借して、貴重なデータを得ることができました」

―ブラッシングのような作業が学生たちのストレスを軽減している理由については、どのように考えていますか。

安江「今回の論文で考察として示しているわけではなく、あくまで私の推察でしかありませんが、動物同士が毛づくろいをするというのは、もともと同種個体間の親和行為のシグナルなんですね。毛づくろいされることによって喜びを示す、それが行動反応として人にも認知できることで相互コミュニケーションが図れる。それが癒しの効果を引き出すのではないかと。そういうことを、私自身は、専門のヤギで示せないかと取り組んでいるところです」

―今回の調査を通じて意外に感じたことはありますか?

安江「意外なことといえば、動物に直接触れるものであればある程度良い反応が出ると予測していたんですけど、体重測定という作業では、ストレスが高まったことですね。これは、ウシを体重計まで引いてきて固定するんですけど、学生の方が慌てたりするとウシが暴れたりするので、気を遣うんです。われわれのように慣れていればスッとできるんですけど、ウシに触るのが初めての人にやってもらうと、ウシに触れない除糞などの作業よりも心拍数が上がる。そんなに緊張を強いるものなんだ......というのは新鮮な気づきでした」

brushing3L.jpg 体重測定の様子

―作業工程ごとに、人に及ぼす影響が当然変わるわけですね。

安江「実際にはハードな作業がたくさんありますからね。そういうひとつひとつの作業工程における人への影響が詳細にわかることで、人と家畜が触れ合うというプログラムをどう組み立てれば良いか、ということが見えてきます」

―人間に対する効果ということも大事ですが、動物の側のストレスも考慮しなければいけませんね。

安江「まさにそのとおりです。今回のレポートでは触れていませんが、いわゆる『アニマル・ウェルフェア』の視点ですね。私の専門はむしろそちらです。今回の実験に使っているウシも、私の方で普段から行動を見て、問題にならない動物を選抜しています。こういうことを社会で展開していこうというときに、どの動物でも良いということでは当然ないわけです。知らないところへ連れて行かれて知らない人に触られることに向いていない個体もいます。そういう動物への影響と、人間への影響の、両方をちゃんと見てプログラムを作っていくことが必要です」

―「プログラム」ということですが、学校の教材のようなことを意識しているのでしょうか。

安江「それもありますが、私がより関心があるのは、福祉との連携です。農林水産省でも、障がいのある方に農業の現場に入ってもらって、生業としてもらうことを推奨していますが、家畜を使うメリットとして、単に畜産をやりますというだけではなくて、医療効果ももたせられるのではないかと。私自身はまだ福祉施設とのつながりはないのですが、今後ぜひ研究したいテーマです」

―なるほど。今回の研究の意義を改めて理解できました。動物との直接的な触れ合いが、学生たちの心的状態、ひいては学びにも重要な機能を果たしているということだと思いますが、その点では演習の多くも動画で対応せざるを得なかった昨年度からの状況は残念ですね。

安江「本当にその通りです。農学は、手で触れて温かみを感じながら頭で考える、というのが基本。本学の農学部の場合、農業高校などでそういう体験をみんなが済ませているわけではなくて、土を触ったことがない、ウシに触れたことがない、という学生がたくさんいるわけですから、座学だけで伝えようとしても、なかなかイメージが湧きません。われわれのような実習系の学部には死活問題だと思います。
 そういう中で、フェースガードつけてひとりずつ...とか、昨年来いろいろと工夫をしてきました。しかし、当然時間もかかるので、なかなか充分にはできているとはいえません。また、この研究についても、連携していた病院から人が来られなくなってしまったので、障がい者の方を対象とした調査が難しくなってしまいました。今しばらくは動物の方の研究をメインに進めていくことになりそうです」

(取材・構成:茨城大学広報室)

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