1. ホーム
  2. NEWS
  3. 写真家ユージン・スミスが撮った1960年代の「ひたち」―時空を超えてまちをつなぐ第一級の資料として生かすために

写真家ユージン・スミスが撮った1960年代の「ひたち」
―時空を超えてまちをつなぐ第一級の資料として生かすために

eugene-1.jpg(撮影:松本美枝子)

 今秋国内で公開予定の映画『MINAMATA―ミナマタ―』で主演のジョニー・デップが演じるのは、水俣病の厳しい状況を世界に伝えた米国の写真家ユージン・スミスの役。そのスミスが、1960年代、日立製作所からの依頼によって日立を訪れており、それが後の水俣訪問につながっていたことをご存じでしょうか。
 現在、茨城大学と日立製作所は、茨城県北地域の新たなビジョンを描く取り組みを連携して進めています。当時既に著名だったスミスがファインダーごしに眺め、フォトエッセイという形で書き綴った日立の姿は、この地域について考え、未来を展望する上で貴重な存在です。今回、茨城大学図書館にてこのフォトエッセイを新たに所蔵することになり、そのお披露目も兼ねた講演・解説イベントをオンラインで開催しました。

茨城大学と日立製作所の連携プロジェクト

 茨城大学と日立製作所は、日立市および茨城県北地域の環境と持続的発展に貢献する連携プロジェクトを、昨年(2020年)発足しました。
プロジェクトは「安全安心な街を創る~3S technology:3S安全安心」、「持続的安心安全を実現するエネルギー基盤:地域エネルギー」、「市民の生存基盤が確立される街:地域デザイン」など複数のテーマで展開されており、今回のイベントは、このうち、地域の歴史・文化の特徴を読み解き、データの分析や対話をもとに「地域デザイン」を検討するチームが、現在の研究状況や成果の発表の場として企画したものです。
 地域デザインのチームでは、「ひたちビジョン」をつくるためのワークショップを4回実施。その成果として、「時空を超えてつながり、『愉しい』を創り続けるまち」というビジョンを掲げました。

eugene-2.jpg

時間を超えて出会う地域の姿

 「時空を超えてつながり、『愉しい』を創り続けるまち」。デジタル技術が進む中で「空間」は簡単に超えられるようになりましたが、「時間」はどうでしょう。1960年代に米国の著名な写真家が撮影した日立の姿を、現在を通じて未来へとつないでいく、という今回の試みは、「ひたちビジョン」の実現の上で大きな価値のあるものといえそうです。
 日立製作所は1961年、当時既に著名であった写真家W・ユージン・スミス(William Eugene Smith,1918-1978)に、同社の創立50周年記念事業の一環で写真集の制作を依頼しました。日立製作所の工場や街並み、そして人の生活や表情をドラマティックに写し、スミスの文章が添えられたこのフォトエッセイは、1963年に完成したことはわかっていますが、日立製作所を含め、茨城県内での所蔵がこれまで確認されていませんでした。
 その後、「地域デザイン」のプロジェクトを担当している人文社会科学部の西野由希子教授がこの写真集の存在を知り、今回のプロジェクトの一環として購入。茨城大学図書館で所蔵することになりました。
 写真集のタイトルは「Japan...a chapter of image」。大きさは縦32.5cm×横20cm。布張りの表紙で、手に持つとずしりと重みを感じます。

eugene-3.jpg(撮影:松本美枝子)

eugene-4.jpg(撮影:松本美枝子)

 日立の海や山を臨む工場の風景、大型の機械、そこで働く人たちの迫力ある写真に留まらず、そのカメラは、地域の市井の人や生活の様子にも向けられています。
 しかし、この写真集自体の詳細は実はあまりわかっていません。日立製作所に詳細な記録が残っておらず、写真集が何部作られたのか、どのように配布・流通されていたのかもわからないのです。
 他方、スミスが撮影した写真そのものについては、芸術的な側面や地誌的な側面から研究が進められています。そこで、今回のイベントでは、写真家・美術家で茨城県北地域おこし協力隊マネジャーの松本美枝子さん、日立市郷土博物館学芸員の大森潤也さんを講師に迎え、それぞれの調査活動を踏まえた解説をしていただきました。

第一級の地域資料

 松本美枝子さんは、2016年の「KENPOKU ART 茨城県北芸術祭2016」への招聘、出品を経て、茨城県北地域を拠点とした茨城県による芸術村推進事業の一環で、アーティストとして茨城県北地域おこし協力隊を委嘱されました。県北のアートセンター、研究室をめざす拠点づくり、リサーチ・プロジェクト「茨城県北サーチ」、地域の人たちと美学の基礎文献を精読する読書会などいくつかのプロジェクトを通じて、アーティストと市民が一緒に地域資源の調査、発掘をし、新たな作品制作、そして持続可能なアート・プロジェクトへとつなげる取り組みを展開しています。今から2年前、読書会の参加者から、ユージン・スミスがかつて日立を撮影したということを聞かされ、調査を進めました。
 その過程で、日立市郷土博物館の大森潤也さんがスミスの写真を長年研究していることを知ります。そして昨年2月、リサーチ・プロジェクト「茨城県北サーチ」で大森さんをゲストに、「ユージン・スミスが撮った日立を眺める」というツアーとディスカッションで構成するワークショップを企画したそうです。

eugene-5.jpg

 「茨城県北サーチ」では、まず、スミスの写真と大森さんの研究を「地域資料」として捉えること、さらにオリジナルが日立に存在しないという状況を踏まえ、地方での文化財の散逸という問題を提起し、参加した市民とともに考えることを主目的としました。そして、このプロジェクトに西野教授も参加していたことが、その後の茨城大学図書館による所蔵につながりました。

 松本さんは、日立の地でスミスの研究をしてきた大森さんの功績について「文化事業にとって重要なことで、地域として幸運なこと」と述べた上で、「ユージン・スミスの写真は、芸術作品としてのみならず、日立のまちにとって第一級の地域資料としての価値があります。まちと企業の歴史、普通の人の暮らしや希望、それを支えてきた企業の歴史を伝える稀有な資料です」と、写真集の価値について強調しました。

水俣の撮影につながった、近代化の中の漁村との出会い

 ユージン・スミスが日立を撮っていたことを大森潤也さんが知ったのは、1993年。当時は茨城大学教育学部の学生で、のちに職場となる日立市郷土博物館での企画展で出会ったそうです。その後、同博物館で働くようになり、いつか自ら展示を企画することを構想しながら、少しずつ調査を進めてきました。そして2010年、150点の写真のうち約90点の写真を紹介する企画展を手がけました。

 大森さんによると、ユージン・スミスはアメリカの工業都市・ピッツバーグを撮影したシリーズを1956年に発表しており、「日立の撮影をするきっかけも、このピッツバーグの写真と言われています」とのこと。また、スミスの写真作品の特徴として、単に写真を見せるだけではなく、テーマ別のエッセイが綴られているという点があります。写真を通じて社会に何を伝えていくか、ということにことさら意識的だったといえるでしょう。

 大森さんは、写真に付された番号や写された風景、日立製作所における機械の納品記録などをもとに、撮影時期と場所を特定していきます。また、当時アシスタントを務めた日本人へのインタビューも重ねていきました。

eugene-6.jpg

 写真からは、日本の文化に対するスミスの関心もうかがえます。たとえば工場で働く人たちが、靴をきれいに揃えて脱ぐ様子を見て、スミスはその礼節に深く感じ入っていたと言います。

 また、工場で作られた発電機を仙台へ届けるため、国道6号を「大名行列」のような様相でゆっくりと日立港へと進んでいく姿も撮影されています。この過程で写される漁村の家屋の粗雑なつくりや洗濯物、また、写真集の最初に置かれた幼子をおんぶする子どもの様子について、大森さんは「日本の地方の近代化の一側面がとらえられている」と述べます。こうした写真に、ヒューマニストとしてのスミスのまなざしが表れています。

eugene-7.jpg

Eugene-8.jpg

 当時の関係者へのヒアリングによると、スミスは「もう一度日本の漁村を撮りたい」と話していたようです。10年後の水俣の撮影では、ある意味でそれが実現されたといえます。日立での撮影が、晩年のスミスの代表作につながったとすれば、これも大きな意義があったといえるでしょう。

光と影で照射される「ひたち」の未来

 後半は本プロジェクトのメンバーである日立製作所の方々も交えて、オンラインチャットで寄せられたコメントや質問も紹介しながら、フリーディスカッションを行いました。
 日立製作所の研究開発グループで、環境プロジェクトのリーダーを務める鈴木朋子さんは、沖縄の戦地、日立の工場、水俣の公害というスミスの日本での仕事を振り返りながら、「戦争は人が人を殺し、まちを壊してしまう。公害は、人がものをつくり、その延長で人を苦しめてしまった。その間にあって、日立の写真は『人がものをつくる』ということの象徴だったのではないか。一連の作品からは、人間がものをつくって社会を豊かにすることもできれば、一方で人を苦しめてしまうこともある、という、人とものに対するスミスのまなざしが感じられます」と指摘しました。
 また、同じく日立製作所の環境プロジェクトのメンバーである山本浩貴さんは、大甕の日立研究所の建設中の写真も収録されていることを踏まえて、「毎回発見がある写真集」と語ります。また、「ひたちビジョン」に触れながら、「スミスの写真を見て、語らうことが、まさに時空を超えた散歩を行うということだと思います」と述べました。

eugene-9.jpg

 今後のプロジェクトの展開について、西野教授は、「スミスに関連する資料はいろいろとありますが、活用や展示という形で使うには整理が必要です。大学で入手したものについては、多くの方に使っていただけるようにしたいですし、これからさらにいろいろな分野の方、市民の方と連携を進めていきたいと思っています」と話しました。
 最後に、全体の司会も務めた蓮井誠一郎学長特別補佐は、「歴史を知るというのは、ときには厳しい過去と向き合うことでもあります。そして未来が明るいかといえば、必ずしもそうではない。そういう両面性をもつ未来を見ていくときに、スミスが撮ったもの、残したメッセージを、今後の自分たちを考える上でどう活かしていけば良いのか、それを考えるきっかけができました。茨城大学としてもこのプロジェクトを通じて、引き続き一緒に考えていく機会をつくっていきたいです」と語りました。

 プロジェクトでは、今後も資料のデジタル化や継続的なイベントなど、地域での活用・共有の手立てを検討していきます。「時空を超えてつながり、『愉しい』を創り続けるまち」への歩みは始まったばかり。詳しい情報はまた随時お知らせします。

eugene-10.jpg

(取材・構成:茨城大学広報室)

関連情報

  • 日立市郷土博物館
  • 茨城県北サーチ
    アーティストがゲスト、参加者と協働で地域資源をリサーチし、そのテキストをアーカイブするプロジェクト。(企画:松本美枝子、主催:茨城県北地域おこし協力隊)
  • 未知の細道(写真家ユージン・スミスが日立にいた2年間と、その道のりを探った20年)
    未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。松本さんなど複数のライターによるレポートがリレー連載されている。