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<前篇>茨大の教育システムのデザイン:改善と向上の仕組みがどう作られたのか
―太田寛行学長・嶌田敏行教授に聞く

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 文部科学省の補助事業(2016~2019年度)を受けて茨城大学で進めてきた「教育の質保証」に関する取り組みが、事業完了後の評価で最高位の「S」評価を獲得しました。
 この事業は、ディプロマ・ポリシー(学位授与方針)で定めた5つの茨城大学型基盤学力の達成度を、学生の在学時、卒業時、卒業3年後に確認し、さらに就職先の企業にも調査を行い、その成果を「見える化」しながら、大学全体、学部、学科やコース、教員個人というそれぞれの階層で検証して、授業や教育をより良いものにしていこうという取り組みです。
 学生に対しては、大学・学生・地域が一丸となって学生の成長にかかわることを「茨城大学コミットメント」と名付け、イベントやデザインをとおしてその取り組みへの理解・参加を促し、さらにその成果は「茨城大学コミットメントがみえる。」としてグラフィカルに分かりやすく発信しています。
 そして、継続的な測定・見える化を行い、これに基づいたFDなどの改善・振り返り活動を行ってきた結果、その教育成果が年を重ねるごとに着実に上がっていることがはっきりと確認されました。
 これは、「大学教育とは何か」「茨城大学とは何か」ということを見つめながら、地道な試行を繰り返す中で、教育活動における「チームプレイ」の意識が高まった結果ともいえます。
 これまでの取り組みを論文にまとめたばかりの、太田 寛行 学長、嶌田 敏行 全学教育機構教授にインタビューをしました。前篇・後篇2回に分けてお送りします。

「質保証」という言葉にも今でも違和感

―「教育の質保証」という言葉はまだまだなじみが薄いと思います。今、大学に何が求められているのでしょうか。

嶌田「かつての高度経済成長期は企業に体力があって、大学では学生に余計な色をつけずに4年間それなりに育ててくれれば、あとは企業で一人前にしますよ、という感じだったと思います。それが、特に"失われた10年"(バブル崩壊後、1990年代初頭からの約10年間)以降、企業の側で人を育てる余裕が何となく無くなってきて、なるべく完成した、自力で考え、成長できる人材を送り出してほしい、ということになってきたと思っています。
 一方、初等中等教育も見直され、それまでの詰め込み型から内容を厳選して知識を活用し、深く学ばせるべく改革を進めてきたようですが、心ない人たちからは『ゆとり=ゆるみ』などと揶揄されるように、現場では相当ご苦労をされてきているようです。初等中等教育では試行錯誤が続き、企業の方は大学に求めるものが高くなって......というその両方のしわ寄せが高等教育に来ているところがあります。その中で社会が学生に求めるレベルというのが明確になってきて、大学としてはその「質」をどう保証するか、ということが問題になってきたわけです」

太田「『質保証』、クオリティのコントロールという、商品のイメージが強い言葉を教育の場に当てはめるというのは、今でも違和感があります。ただ、学びの具合をちゃんと見ていくというのは、教育に関わる者にとっては本来必要な業務ですし、それをシステム化していくことも大事なことです」

DSC_5052r(Bup)JPG.jpg太田学長

―学長のいう「違和感」というのは、「質保証」という商品経済的な概念ではとらえることができない、もっと豊かな学びの履歴が大学にはあるはず、ということかと思います。このジレンマをどう乗り越えようとしたのでしょうか。

太田「『3ポリシー』(ディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、アドミッション・ポリシー)を軸にしたアンケート体系を作ったというのが大きかったですね。本学ではそれまでも詳細な授業アンケートなどをやっていたのですが、目的がバラバラだったので、これをまず統合しないといけないな、という課題があったんです。では何を軸にするか、というときに、ディプロマ・ポリシー(以下、DP)を軸に、そこで定めた項目で成果を追っていこうと決めたところが、大きな転換点だったと思います」

DP.jpg茨城大学のDPで定めている5つの茨城大学型基盤学力

ディプロマ・ポリシーと質保証をつなぐというアイデア

―「世界の俯瞰的理解」「専門分野の学力」「課題解決能力・コミュニケーション力」「社会人としての姿勢」「地域活性化志向」の5つの基盤学力ということですよね。これを質保証と結びつけたのが大きかった、ということでしょうか。当たり前のことのように思えるのですが...

嶌田「実は、各大学にポリシーを作らせる政策と、教育の質保証についての政策とは、近年では、例えば、教学マネジメント指針(中央教育審議会大学分科会から20201月に示された指針)などで求められていますが、本学ではそれをかなり前から進めていた、ということなんです。
 学生の学修成果をどう測るかについては、世界的に統一された基準があるわけではなくて、どこの国、どこの大学でも苦労して測っているわけです。
 私立大学であれば建学の精神のような大きな目標がありますが、国立大学はそういうものがなかった。そういう中で、教育目標が整備され、DPが作られることになり、学生も教職員も『自分たちはこれでいくんだ』という指針ができたわけです。学修成果を測ろうとするとき、一般に『就業力』などと言われている、コミュニケーション能力や主体性といったキーワードにして調べてもよかったのですが、せっかくならDPの達成度を毎年測れば、学生たちも大学の方針を意識できるし、それらのデータを見た教員も自分たちの教育方針を都度確認できる。そうやってDPというものを共通言語、共通のゴールと捉えることにみんなが慣れてくれば、ひとつの目標に向かってがんばれるんじゃないかと、おぼろげながら考えたんですね」

―DPと質保証を結びつけた教育システムによって、その両方を形骸化させず、実質化できたということですね。確かに入学前から卒業後までの質保証のプロセスで、こんなにDPのことを意識させられる大学は、全国的にもあまりないかも知れません。

太田「学生、教職員だけではないですよ。先日、大学の経営協議会でもDPと関連づけた学修状況についての説明をしたのですが、ここでも委員の方々から『英語力が弱いですね、これをどうするんですか』などと指摘が出るわけです。共通言語があるからこそ、良い話だけでなく、悪い話もできて、改善のための議論ができる。それは経営協議会の望ましい姿であって、まさに実質化ということだと思います」

嶌田「各学部レベルでDPを作るというケースは割と多いのですが、本学の場合は、まず全学でベースとなる共通のポリシーを作った上で、各学部がそこに上乗せしていくようなつくりにしたんですね。そうすると、5つの基盤学力の部分は学部を越えて共通だから、データを見たときに、『うちの学部はここが強いな』という話ができる。DPにおいて、5つの共通部分を作ったというのが、コミュニケーションツールとしての使い勝手を高めているわけで、先見の明があったということかも知れません」

自主的な議論の燃料としての情報

―質保証のシステム作りに先んじて策定していたDPの構造がとても理にかなっていたということですね。ただ、本学のDP5項目は、能力、スキル、資質など、量的に測れないような要素も含んでいます。これをどのように実務に落とし込んでいったのでしょうか。

嶌田「大学教員というのは、基本的に課題があればそれを解決したいと考えているプロ集団です。現場の教員は、なるべく学生たちを良い状態にして大学を卒業させてあげたいという思いは強いわけですが、それを論ずるための有効なツールがなかった。一方、われわれ(教育のマネジメント担当)は、『こういう学生は将来こういうふうに成長することが期待できます』とか『こういう状況の学生は何年後かにトラブルを起こす可能性が高いです』とか、そういう情報は提供できるわけです」

―そうですね。

嶌田「さらにその延長で、DPについてもみんながどのぐらい身についているのか、それを学部や学科にわけて見せると、先生たちは自分たちがやっている教育がどういう結果につながっているということがわかって、おのずと議論を進めてくれます。一定の条件で捉えた測定結果が与えられたとき、その結果をより高めるのにどうしたらいいかを考え、議論するというのは、ある意味で研究者であれば普通にできることだと思います。だから、われわれとしては、教育のマネジメントの観点から知りたい情報、正しいと思う情報よりも、現場の先生方が教育改善のために盛り上がれるような情報をとにかく出していこう、と。議論をしながら戦うことを生業としている集団なのだから、そこにしっかり燃料(場ときっかけとコンテンツ)を投入していく役割ですね」

DSC_5067r(Bup).JPG嶌田教授

―なるほど。データの科学的な正しさは議論の前提となりますが、そこを必要以上に精緻化するよりも、データや情報によって議論が喚起される中で教育が改善されていく、そのプロセスあるいは仕組み自体を作ることこそが質保証だ、ということ。その点が非常にクリティカルだったわけですね。

太田「そのとおりです。現場の実態を踏まえて、議論の材料を提供していくということですよね」

嶌田「ある目標に対して、学生たちはこのレベルまでしかない、ということがわかれば、その差分を埋めるのにどうしたらよいかという議論を始める。それが次の改善計画なわけですね。非常にシンプルな話ですが、DPが明確でしっかりとしたものだったので、差分を可視化しやすいんです」

最も重視しているのは学生の満足度

―学生は自分自身が身についたと思うかを聞かれている、つまり主観的な自己評価がベースになっていますね。GPAなどの量的な成績指標もある中で、質保証の取り組みにおいて学生自身の自己評価をベースとしたデータはどう捉えられているのでしょうか。

嶌田「学生が茨城大学で何を学んだか、という点でわれわれが最も重視しているのは、実は『満足度』、つまり、『茨城大学に入学できて良かった』ということを4年経って思ってもらえるかどうかです。4年間の体験が今の自分を支えているんだと卒業後に思ってもらえる教育ができれば、卒業生が大学の応援団になってくれて、お互いにハッピーな関係を維持できるわけです。
 ですから、科学的に測定するというよりも、学生たちが『自分たちは学べた』と思ってくれるという、学生の想いを優先させたいと思ったわけです。それに対して、『本人が思っているものとは違うのではないか』ということは、それこそ教員が指導や成績附与を通して客観的に見てあげることができるわけです。
 教育のマネジメントという点では、学生の能力をフラットに見ている企業の方や、学生に直接触れている教員の評価を重視すべきですが、かといって、企業や教員が満足していたとしても、学生が4年間非常につまらなかったと思っていたら、それは全然嬉しくない。
 したがって、いろんなステークホルダーをすべて満足させるためのパズルをどう解くか、が重要になってくるわけですね」

―学生自身に、大学での目標を意識してもらい、その目標に対するマインドセットをどう作るかということですね。

嶌田「茨城大学でこれを学びたい、将来こうなりたいという思いが希薄な学生も一定数います。そうなると、早い段階から、『なぜ自分は茨城大学で学ぶのか』『茨城大学ではこれを学びたい』というところへ持っていかなければならないわけです。授業についても、これは必修だから履修しよう、ということではなくて、これを身につけたいからこの授業をとるのだ、という風に思ってもらった方が、身に入ると思うのですね。つまり、目的意識をもってもらったほういい。その思いで、入学式の後のコミットメント・セレモニーもやっているわけですよね」

commitmentceremony.jpgコミットメント・セレモニーの様子

―学生自身が、大学で学ぶこと、学んだことを言語化していく。それ自体が学生のキャリアにおけるエンパワーメントにつながっているように感じます。

太田「その意味でわれわれにとって新たな発見だったのが、卒業時の『達成度』と、社会に出てから3年後の『活用度』の関係です。学生自身がDPの各項目についてどの程度達成できたかという自己評価の平均値と、3年後に『それを活用できているか』と聞いたときの平均値が、ほとんど変わっていなかったんですね」

嶌田「そうなのです。DPの各要素でその傾向が見られました。大学で身につけた力が、3年後にもある程度使えているよ、ということですね。逆に言えば、大学として、学生の社会での活躍を手伝うためには、いかに在学中にその習得を100%に近づけなければならないか、ということが改めて認識できたわけです」

太田「一方で、4年という単位ではなくて、リカレント教育も視野に入れて、卒業後の学びについても大学と関連付けて振り返ることができる仕組みも作りたいですね。ここを学びなおしたいと思ったら、気軽にすぐまたキャンパスに来てもらえるような、そういう仕組みを」

―その意味では、大学としての平均値ではなく、まさに「私」個人の達成度がどうなのか、ということが可視化された仕組みが必要かと思います。

嶌田「今はアンケートのシステムの都合上、学生たちはDPの達成度を毎年自己評価する際、前年の結果を参照できません。本当だったらもっと成長実感を味わえるようなつくりにして、卒業後も確認できるような仕組みにしたいのですが、それは今後の課題ですね」

DP自体も変化していく

DPという共通の指標があるから経年的な変化も見られるわけですが、一方でDPそのものも不変ということではなく、社会で求められる力が変わっていく中で、見直していく必要もあるかと思います。DPの見直し、検証をどう考えますか。

太田「次のステップとしては、社会との結びつきの中でDPについてもう少し調整する要素が出てくるかもしれません。今年度の後期からアントレプレナーシップ教育プログラムが始まりますが、このプログラムは本学の教育に長期的に影響を与えるものだと思っています。プログラムにおいて、企業や自治体に直接接する場、チャンスが増えたときに、DPとしてどんな変化があらわれるか。つまり、これまでの5つの要素、能力の範囲を越えて修正すべきことも出てくるんじゃないかということです」

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嶌田「課題解決能力というのは今のDPにもありますが、最近は、与えられた課題を解決するというよりも、問いをちゃんと見つける力、問いを自分で立ててそれを解決していくという、ひとつ上のものを求められつつあるという印象です。アントレプレナーシップは起業家精神と訳されることが多いですが、別に起業する人を育てたいというわけではないのです。ここ何十年か、日本の経済状況はGDPGNPのレベルではまだ高いものの、みんなが豊かになったという実感がありませんし、いろいろな国に追い抜かれている印象もあります。その中でもう一度世界の中でやっていこうと思ったときに、大事なのは自分の考えていることを周りの人たちと組んで形にしたり、周りを巻き込んで他の人が思いつかないことを実現していくことになります。今のDPでそこまで対応できるのか。その点は、今後、国として、あるいは大学としてどうするかという方向性を考える中で、DPあるいはそれをどう測っていくかということも変わっていくということですね」

太田「まさにそのとおりです。かつて高い経済成長を誇っていた時代は、日本人のものづくりの特性とマッチする形で、専門学部を作って専門的人材を送り出すということがうまくいっていましたが、デジタル化、GAFAの時代になったらそれでは立ち遅れてしまった。そこにこれまでの日本の教育の限界があったのではないかと思います。発想をかえて、専門分野が入口になっていなくても、課題を見つける中で専門性を見つけるようなシステムに変えていかないと、時代として対応できないところまで来ていると思っています」

 インタビュー後篇では、「質保証」の取り組みを踏まえた入試や高等学校の教育のあり方、COVID-19下の教育の状況、教育のDXの展望などを語ります。

>>後篇につづく