1. ホーム
  2. NEWS
  3. 葉の光合成活性を迅速に測定する装置の開発―光合成ビッグデータ解析を可能に―

葉の光合成活性を迅速に測定する装置の開発
―光合成ビッグデータ解析を可能に―

 京都大学大学院農学研究科 田中佑助教、茨城大学農学部 安達俊輔助教、(株)マサインタナショナルらの研究グループは、植物の葉の光合成活性を従来に比べて飛躍的に効率よく測定する測定装置を開発しました。
 植物の葉の光合成は、大気中のCO2から有機物を合成することで地球上の炭素循環や作物生産の根本をなす、きわめて重要なプロセスです。しかしこれまで、光合成の活性を示すCO2吸収速度を測定するには多くの時間と労力が必要でした。本研究では、新たに開発した高性能CO2濃度センサーと、葉によるCO2吸収をより直接的に検知する新たな測定理論を組み合わせることにより、新型の光合成測定装置"MIC-100"を開発しました。MIC-100は現行の光合成測定装置と比べ、同等の精度を保ちつつ数倍以上の効率でCO2交換速度の測定が可能であることを実証しました。これによって、自然界に存在する多様な陸上植物あるいは作物品種の光合成活性を大量に測定することが可能となり、将来的には光合成の仕組みをより深く理解し、強化することにつながると期待されます。

 本成果は、2021年6月7日(月)にオーストラリアで発行されている国際学術誌Functional Plant Biologyにオンライン掲載されました。

>>詳しくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

MIC-100_1.jpg

背景

 植物の葉の光合成は、大気中のCO2から有機物を合成することで地球上の炭素循環や作物生産の根本をなす、きわめて重要なプロセスです。光合成の活性を最も直接的に表すのが、単位葉面積あたりCO2吸収速度(以下、個葉光合成速度)です。個葉光合成速度には、様々な陸上植物種および作物品種間で大きな差異が存在していることが知られています。個葉光合成速度になぜ、どのようなメカニズムで差があるのかを知ることは、私たちが植物の営みを理解し利用していくうえで極めて重要です。個葉光合成速度の測定には、葉によるCO2ガスの吸収速度を正確に検知する必要があります。現在主流となっている個葉光合成速度の測定法は携帯型の開放型システム(以下、開放系)と呼ばれるものです。しかし開放系による測定では、CO2濃度の安定に時間を要するため測定の効率が低いという制約があります。このため自然界に存在する個葉光合成速度の多様性の実態、その生物学的意義や農学的利用の可能性を調査するには、膨大な時間と労力が必要でした。

mic-100_2.jpg

研究手法・成果

 現在主流となっている開放系による個葉光合成測定は、対象となる葉を一定体積の空間(同化箱)に配置し外気を循環させつつ、同化箱に入る前後でのCO2濃度変化から個葉光合成速度を算出する手法です。開放系では複数のCO2センサーや空気を循環させるためのポンプが必須となり、必然的に装置が複雑化しやすくなります。さらにCO2濃度の安定に時間を要するため、1枚の葉の測定に数分以上の時間を要するという制約があります。本研究では、開放系とは根本的に異なる原理として閉鎖型システム(以下、閉鎖系)に着目しました。閉鎖系では、同化箱内に測定対象となる葉を配置するところまでは同一ですが、開放系と異なり外気を循環させません。同化箱内のCO2濃度は、光合成により消費されることで急激に低下します。この低下率から個葉光合成速度を算出するのが閉鎖系の原理です。閉鎖系のメリットとしてはまず、葉によるCO2吸収を直接検知するため、開放系のようにCO2濃度の安定を待つ必要がなく、理論的には数秒以内での迅速な測定が可能である点が挙げられます。さらに装置の構造が単純であり、小型化・低価格化が容易であるうえ故障のリスクやメンテナンス頻度も低減可能であると期待されます。一方、迅速な測定を実現するためにはCO2の濃度変化をリアルタイムで検知する高性能なセンサーが必要です。閉鎖時間が長いと同化箱内のCO2濃度が大きく低下して測定葉に悪影響を与えるため、その点からも時間応答性のよいCO2センサーが必要です。携帯型の光合成測定装置には、比較的小型なNDIRと呼ばれる方式のCO2センサーが用いられてきましたが、リアルタイムにCO2濃度変化を検知できるNDIRセンサーはこれまで存在していませんでした。
 本研究では、ほとんどタイムラグなしにCO2濃度変化を検知できるNDIRセンサーを新規に考案しました(特許取得済)。そして、同センサーを組み込んだ新型光合成測定装置"MIC-100"を開発し、わが国の代表的な作物であるイネとダイズを対象に実証実験を行いました。MIC-100を用いることで、個葉光合成速度を理論通りわずか数秒以内に算出可能であることが示されました。実際には、測定葉の選定や同化箱への葉の固定、あるいは圃場内での移動やデータ入力などの時間が発生しますが、これらを計算に入れても1サンプル当たり30秒以内での測定効率を実現しました。これは、従来の開放系に基づいた装置と比較し、数倍から10倍程度の飛躍的な測定効率向上を達成したことになります。精度の面でも、MIC-100は現在広く研究目的で使用されている光合成測定装置と同等であり、実用上充分な正確性を有していることが実証されました。

MIC-100_3+4.jpg

波及効果、今後の予定

 近年のビッグデータ解析にかかわる技術的進歩により、複雑な生命システムを網羅的に把握し未知の現象を見出すことが可能となりつつあります。しかし植物の個葉光合成速度については過去数十年、ほとんど同一の原理に基づいた測定が行われてきました。本研究で開発したMIC-100は、個葉光合成の測定効率を飛躍的に向上させ、ビッグデータ解析に道を開くものです。今後、MIC-100を利用することで光合成にかかわる未知のメカニズムや遺伝子の発見、あるいは適応的意義の理解が一挙に進展すると期待されます。一方、広く利用されている光合成測定装置と異なり、MIC-100は個葉光合成速度に付随する多くの関連データ、たとえば蒸散速度などを取得することが出来ません。今後、より包括的に光合成を評価可能なシステムとするためには、これらの関連データも光合成速度と同時に取得可能な装置へと改良していく必要があると考えられます。

研究者のコメント

 本研究は、数多くの作物品種の光合成測定を屋外で行ってきた経験を通して、効率のよい測定手法を自ら開発し光合成研究を加速させたいとの思いから着想しました。装置開発という専門外の研究を推進するにあたり、地元京都の企業との連携も図ることで、京都発・日本発の技術としてMIC-100の開発に成功しました。本研究が、世界中で光合成研究がさらに発展する端緒となることを願っています。

論文タイトルと著者

  • タイトル:MIC-100, a new system for high-throughput phenotyping of instantaneous leaf photosynthetic rate in the field
    (野外において個葉光合成速度を高効率にフェノタイピングするための新型装置MIC-100)
  • 著者:Yu Tanaka, Kazuki Taniyoshi, Ayumu Imamura, Ryo Mukai, Shun Sukemura, Kazuma Sakoda, and Shunsuke Adachi
  • 掲載誌:Functional Plant Biology
  • DOI:10.1071/FP21029

※本研究は、農林水産省委託プロジェクト「民間事業者等の種苗開発を支える「スマート育種システム」の開発」および内閣府・官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)(BAC1003:田中佑)、科学技術振興機構さきがけ(JPMJPR16Q5:田中佑)、日本学術振興会科学研究費補助金(JP19H02939:安達俊輔、田中佑)、(20H02968:田中佑)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR15O2:安達俊輔)の支援によって実施されました。

特許について

田中佑・秋山重之
ガス分析計、光合成速度測定装置、及び、光合成速度測定方法(特許第6713634号)
Yu Tanaka and Shigeyuki Akiyama.
NDIR gas sensor, gas analyzer, photosynthesis rate measuring apparatus, and photosynthesis rate measuring method. US Patent 10,379,039