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毛髪キューティクル形成時に働く酵素の詳細な構造を解明
艶と張りのある美しいキューティクルの形成機構解明や薬剤・美容製品の開発に期待

 髪のツヤやハリを左右する「キューティクル」(髪の毛1本を構成する一番外側の層)。その形成に関わる重要な酵素PAD3の詳しい構造や性質を、茨城大学大学院理工学研究科(工学野)の海野昌喜教授らの研究グループ(量子線科学専攻博士前期課程2年澤田瑞季さん、修了生舟橋一真さんら)が解明しました。今後、髪の毛がハリガネのようになってしまう病気の治療薬や新しい美容製品・育毛剤などの開発につながることが期待されます。

 この成果は、Archives of Biochemistry and Biophysics202157日付けで掲載されました。

>>詳しくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

背景

 毛髪は私たちの体を保護するための重要な器官の一つです。多層構造をしている1本の毛髪の最外層となる「キューティクル」は、S100A3タンパク質と呼ばれるタンパク質を豊富に有しています。このたんぱく質に含まれている、DNAにコードされていない「シトルリン」という特殊なアミノ酸は、S100A3タンパク質の中に元々備わっていたアルギニンというアミノ酸が、PAD3という酵素によって変換されたものです。S100A3のシトルリン化がうまくできないと、健康なキューティクルが形成できません。また、老化とともに毛髪の中のシトルリン化したS100A3の量が少なくなっていくというような先行研究もあります。「櫛でとかせない毛髪症候群(UHS)」という、髪の毛がハリガネのようになってしまう病気がPAD3の遺伝子の変異に起因していることも知られています。

pad_1.jpg キューティクル細胞内のPAD3によるS100A3のシトルリン化

 タンパク質中のアルギニンをシトルリンに変換する化学反応を促進する酵素は、哺乳類において5つ存在しており、それぞれPAD1~PAD4、PAD6と名付けられています。このうち、毛髪にはPAD1〜PAD3の3つが存在していますが、PAD3は他の類似酵素(PAD1やPAD2)と異なり、S100A3タンパク質に4つあるアルギニンのうちの1つを選択的にシトルリン化します。PAD3によってシトルリン化されたS100A3は、構造と性質が大きく変化することが知られており、それが毛髪の角化と関連します。

 これまで、海野教授のグループがPAD1の構造を解明した他、先行研究では、PAD2、PAD4の構造が明らかになっていましたが、毛髪の中でS100A3に対して特異的に働く特別なPAD3の構造はわかっておらず、この特別な反応も謎のままでした。
 また、PAD1〜PAD4の酵素活性を抑えるような薬(阻害剤)の開発は盛んに行われていますが、PAD3の詳しい構造がわかれば、PAD1、PAD2、PAD4との違いをもとに、選択性が高い、すなわちピンポイントで効く、副作用の少ない薬の開発につながります。そのため、PAD3の立体構造情報が望まれてきました。

研究手法・成果

 本研究グループではまず、ヒト由来のPAD3の遺伝子を大腸菌に入れて、目的タンパクであるヒトPAD3をたくさん取得することに成功しました。PAD3の性質を利用した様々な操作によりPAD3を精製し、純度を上げ、単結晶を得ました。PAD酵素はカルシウムによって活性化されることがわかっているため、カルシウム存在下・非存在下などでいくつかの状態のPAD3の結晶を得た他、PAD3の活性が無くなる変異を入れた変異体の結晶においても同様にカルシウムの有無の状態を作成しました。PAD3の状態によって結晶が得られる条件が異なっており、得られた結晶も違った形をしていました。
 これらの結晶について、放射光施設(兵庫県にあるSPring-8やつくば市にあるフォトンファクトリー)を使ったX線結晶構造解析を行い、活性型・不活性型など6つの状態のPAD3の立体構造を高分解能で明らかにしました。
 また、類似酵素であるPAD4とS100A3タンパク質を試験管内で反応させ、二次元電気泳動で分離し、ウエスタンブロッティングでタンパク質中のシトルリンを検出しました。さらに、プロテアーゼとHPLCを用いて、シトルリン化したS100A3のアルギニンがどれかを確定しました。
 その結果、PAD3の構造や性質が、毛髪に存在するPAD1やPAD2よりもむしろ、毛髪には存在しない類似酵素であるPAD4とよく似ていることを示しました。

pad_2.jpg PAD1,PAD2,PAD3,PAD4のサブユニットの全体構造

 カルシウムを結合するとPAD3は構造変化を起こし、活性に関わるアミノ酸の配置が完成することを示しました。また、PAD3の構造中にカルシウムが結合する部位は5箇所あり、5つのカルシウムイオンが順々に結合していくと考えられ、最後にカルシウムが結合する部位についても明らかにすることができました。その最後の1つが結合しないと活性型にならないこともわかり、これらのことから、カルシウムによってスイッチが入るPAD3の活性化機構を提唱しました。

pad_3.jpg Ca2+を結合した活性型(緑)、不活性型(オレンジ色)の
PAD3構造の重ね合わせ

 また、PAD3の反応を抑える化合物(阻害剤)が結合している構造や不活性な状態の構造も確認し、類似酵素との違いを詳細に明らかにしました。その化合物を結合する部位にはPAD3のみに見られる構造的特徴(空間)があり、この空間をうまく利用することで、PAD3選択的な薬剤を作ることができる可能性があります。
 ちなみに、PAD4は関節リウマチの原因酵素の一つですが、今回のPAD3の構造解析の成果は、類似するPAD4の反応を抑えるようなPAD4選択的な化合物を設計する上でも有用な情報になります。

pad_4.jpg PAD3の阻害剤結合部位の構造(左上)と
PAD3,PAD4の阻害剤結合部位の構造の違い

今後の展望

 今回の手法や成果は、相互に似た酵素を区別できるような化合物の設計・創製に役立ち、それぞれのPAD酵素が関連した病気の治療薬などに応用できます。
 また、毛髪が角化する機構やキューティクルが形成する機構を解明することに貢献するとともに、新しい美容製品・育毛剤などの開発を推進し、高齢化社会でも美しさと若々しさを保つクオリティーオブライフの向上にも貢献が期待できます。
 一方、現在はPAD3とS100A3タンパク質がどのようにお互いを認識して反応が進行するのかがわかっていません。それを明らかにする一つの手段として、PAD3とS100A3が結合しているところを直接目で観察することを目指します。それが実現できれば、どのような機構でS100A3タンパク質がシトルリン化されるのかを明らかにでき、生命の神秘を解き明かすことに近づきます。

論文情報

  • タイトル:Structures of human peptidylarginine deiminase type III provide insights into substrate recognition and inhibitor design
  • 著者:Kazumasa Funabashi, Mizuki Sawata, Anna Nagai, Megumi Akimoto, Ryutaro Mashimo, Hidenari Takahara, Kenji Kizawa, Paul R. Thompson, Kenji Ite, Kenichi Kitanishi, *Masaki Unno
  • 雑誌:Archives of Biochemistry and Biophysics
  • 公開日:2021年5月7日
  • DOI:10.1016/j.abb.2021.108911

※本研究は、文部科学省・科研費・新学術領域研究 JP25121704, JP23121504、日本学術振興会・科研費・基盤研究C JP19K06507の支援を受けています。