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化学的圧力で単結晶の欠陥を制御して最低熱伝導率を達成
中性子ホログラフィーでマグネシウム錫化合物にドープしたホウ素の役割を解明

 熱エネルギーから発電できる熱電変換材料として、安価で環境に優しいマグネシウム錫化合物が注目されています。これまでの研究で、マグネシウム錫化合物の単結晶に、マグネシウムの空孔欠陥を導入して多結晶より熱伝導率を低くし、電気伝導キャリアを導入して熱電変換性能を向上させましたが、電気伝導キャリアを導入すると、空孔欠陥量が減少することが課題として残っていました。この課題を解決するために、マグネシウム錫化合物単結晶をホウ素で部分置換したところ、空孔欠陥量を増加することに成功しました。これはホウ素部分置換によって化学的圧力が高くなったためです。空孔欠陥に加えて、転位密度も増加したため、理論的に予想されている最低熱伝導率を達成することができました。本研究により、化学的圧力を制御することで、さらにマグネシウム錫化合物単結晶の熱電変換性能を向上させることができる可能性が示されました。マグネシウム錫化合物単結晶を用いた熱電変換デバイスを実用化できれば、省エネルギー社会と低炭素社会を実現できると期待されます。

 本研究は東北大学大学院工学研究科等の研究チームによるもので、このうち、茨城大学大学院理工学研究科 量子線科学専攻の杉本和哉さん(博士前期課程生)、大山研司教授は、独自に開発した中性子ホログラフィーの技術を活用して本研究に貢献しました。

 この成果は、米国化学会発行の科学誌 ACS Applied Energy Materials に2021年4月22日に掲載されました。

>>詳しくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

MgSnB_1.png

背景

 熱エネルギーを利用して発電できる熱電変換材料は、省エネルギー社会と低炭素社会を実現する鍵となる材料として期待されています。中でも、マグネシウム錫化合物は中高温(400K~800K)の熱エネルギーを利用できる有望な熱電変換材料です。マグネシウム錫化合物の実用化に向けて、ゼーベック係数と電気伝導率を高く、熱伝導率を低くして、熱電変換性能を向上する研究が進められています。

 これまでの研究では、アルゴン圧力下でマグネシウム錫化合物の単結晶を作製すると、マグネシウム空孔欠陥を導入することができ、多結晶よりも熱伝導率が低くなることが明らかになっていました。さらに、空孔欠陥が存在するマグネシウム錫化合物単結晶にアンチモン部分置換を施して、電子を導入することで高い熱電変換性能を得ることに成功しました。ただし、アンチモン置換量を増やすと空孔欠陥量は減っていきます。これは、アンチモンで部分置換すると、空孔欠陥による熱伝導率低減効果が弱まっていることを意味します。空孔欠陥量を増加する方法を確立できれば、さらに熱電性能を向上させることができるはずです。

 今回参考にした、ホウ素で部分置換したマグネシウムケイ化物の研究では、中性子ホログラフィーを用いてホウ素の置換サイトを決定し、単結晶X線回折を用いて結晶構造を調査しました。その結果、ホウ素部分置換によってシリコンの空孔欠陥が形成されることがわかりました。同様に、マグネシウム錫化合物単結晶でも、ホウ素部分置換でマグネシウム空孔欠陥の量が増加するのではないかと考え、共同研究を行ってきました。

研究内容

 中性子ホログラフィーは、ホウ素・水素・酸素といった軽元素の周辺の原子像を高い感度で解析できる実験方法です。中性子ホログラフィーは、J-PARC物質・生命科学実験施設の中性子実験装置BL10を用いて行いました。

MgSnB_3.pngホウ素部分置換したマグネシウム錫化合物単結晶の
(左)ホウ素周辺の原子像と(右)結晶構造

 図(左)は、ホウ素で部分置換したマグネシウム錫化合物単結晶のホログラムから得られた、ホウ素周辺の原子像を示しています。ホウ素は中央に位置しており、結晶構造から予想されるマグネシウムの原子位置(緑丸)に、原子が存在することを示す白いスポットが見られました。この結果は、ホウ素がマグネシウムを部分置換していることを表しています(図(右))。注目すべき点は、ホウ素の第1隣接と第2隣接のマグネシウムよりも、第3隣接のマグネシウムの方が明瞭に観測されていることです。つまり、ホウ素周辺にマグネシウム空孔欠陥が存在していることが明らかになりました。

 次に、ホウ素の置換サイトの情報をもとにして単結晶X線回折を用いた結晶構造解析を行い、ホウ素部分置換でマグネシウム錫化合物単結晶に含まれる空孔欠陥量が変化するか調べました。空孔欠陥量は、ホウ素部分置換試料で13.4(4.7)%となり、無置換試料の12(3)%より多くなることがわかりました。これは、アンチモン部分置換とは逆の傾向です。部分置換による空孔欠陥量の変化は、化学的圧力の変化で説明できます。格子定数と空孔欠陥量の関係を下図に示します。格子定数が小さいほど空孔欠陥量が増加する傾向が見てとれます。つまり、部分置換によってマグネシウム錫化合物にかかる化学的圧力が高くなるほど、空孔欠陥量が増加すると結論できます。

MgSnB_4.png格子定数と空孔欠陥量の関係

 ホウ素部分置換によって空孔欠陥量が増加したと述べましたが、ホウ素部分置換試料のデータはエラーバーが大きく、無置換試料のものと有意な差があると判断するのは難しいことから、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて微細組織観察を行いました。下図(a)(b)に、無置換試料とホウ素部分置換試料のTEM像を示します。

MgSnB_5.jpg(a)無置換試料と(b)ホウ素部分置換試料のTEM像

 無置換試料に見られる縞状の模様が、ホウ素部分置換試料ではいたるところに観察されました。この縞状の模様は空孔欠陥が凝集した空孔欠陥領域であり、ホウ素部分置換試料の方が無置換試料より空孔欠陥量が多いことを示しています。さらに、図(b)の青点線枠で囲まれた領域を高速フーリエ変換し、得られたスポットの一部を逆高速フーリエ変換したところ、転位の一種である刃状転位が観察されました。ホウ素部分置換試料の転位の密度は7.9×1016m-2であり、無置換試料やアンチモン部分置換試料のそれら(それぞれ3.5×1016m-2と1.0×1016m-2)より多いことがわかりました。

MgSnB_6.png無置換試料とホウ素部分置換試料の(a)熱伝導率と(b)格子熱伝導率

 上図(a)に無置換試料とホウ素部分置換試料の熱伝導率の温度依存性を示します。すべての温度範囲で、ホウ素部分置換試料の方が低い熱伝導率を示すことがわかりました。これは、空孔欠陥と転位によって格子熱伝導率が低くなったことによります(図(b))。最も低い格子熱伝導率はホウ素部分置換試料で得られ、0.65W/Km(650K)となりました。これは、理論的に予測されている最低熱伝導率(紫の点線)と同等の値です。以上により、マグネシウム錫化合物単結晶に化学的圧力を加えると空孔欠陥量と転位密度が増加し、低い熱伝導率を得られることが示されました。

今後の展望

 マグネシウム錫化合物単結晶の空孔欠陥量は、部分置換による化学的圧力で制御できることが明らかになりました。ホウ素で部分置換すると化学的圧力が増加して、空孔欠陥量と転位密度が増加します。その結果、低い熱伝導率が得られました。一方、アンチモンで部分置換すると空孔欠陥量は減少しますが、電気伝導キャリアが大幅に増加して、電気伝導率が飛躍的に向上します。部分置換元素として、熱伝導率を減少するホウ素と、電気伝導率を増加するアンチモンを同時に使用することで、マグネシウム錫化合物単結晶の熱電変換性能をさらに向上させることができると期待されます。

論文情報

  • タイトル:Chemical-Pressure-Induced Point Defects Enable Low Thermal Conductivity for Mg2Sn and Mg2Si Single Crystals
    (和訳: 化学的圧力で誘起された点欠陥がMg2SnとMg2Si単結晶の低い熱伝導率を実現)
  • 著者:Wataru Saito, Kei Hayashi, Zhicheng Huang, Kazuya Sugimoto, Kenji Ohoyama, Naohisa Happo, Masahide Harada, Kenichi Oikawa, Yasuhiro Inamura, Kouichi Hayashi, Takamichi Miyazaki, Yuzuru Miyazaki
  • 掲載誌:ACS Applied Energy Materials, (first online).
  • DOI:10.1021/acsaem.1c00670
  • URL:https://doi.org/10.1021/acsaem.1c00670

※ 本研究の一部は、科学研究費補助金の特別研究員奨励費(課題番号:20J10512)、基盤研究(B)(課題番号:17H03398)、新学術領域研究(課題番号:17H05207)、学術変革領域研究(課題番号:20H05878、20H05881)と、東北大学-住友金属鉱山株式会社ビジョン共創型パートナーシップ(配分機関:住友金属鉱山株式会社)の支援のもとで行われました。また、中性子ホログラフィーは、J-PARC一般利用課題(課題番号:2018I0010、2018B0049、2019A0082)に基づき、科学研究費補助金の基盤研究(A)(課題番号:19H00655)と新学術領域研究(課題番号:26105001、26105006、19H05045)の支援のもとで行われました。