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茨大×カーボンニュートラル本格始動!
広がる技術の地平と茨城大学の使命

 「脱炭素」や「カーボンニュートラル」という言葉を最近よく耳にします。地球温暖化を抑えるために二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を削減する取り組み。日本政府は昨年(2020年)秋、2050年までに「カーボンニュートラル」、つまり炭素の排出量と吸収量を同じにして排出実質ゼロにすることを目指す、という目標を掲げました。また、先日アメリカで行われた気候変動サミットでは、2030年度の温室効果ガス排出を、2013年度と比べて46%減らすという目標も示しました。この実現には、私たちの意識や行動、ライフスタイルの変化、そして技術や社会制度のイノベーションが不可欠です。

 そうした中、茨城大学では「2050年カーボンニュートラル連続講演会」と題したイベントを、4月から5月にかけて実施しています。

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なぜ茨大がいち早く「カーボンニュートラル」の講演会を企画したか

 政府による宣言後、脱炭素やカーボンニュートラルに関わる政策が矢継ぎ早に出されており、社会の関心は一気に高まってきています。

 実は茨城大学の強みのひとつが、気候変動の研究・教育です2006年に地球変動適応科学研究機関(ICAS)を設立し、学部を超えた研究者の連携で、気候変動の影響で海面上昇や浸食が進む島などで調査を進めてきました。また、学内でも「サステイナビリティ学」の教育をずっと続けています。初代機関長を務めた三村信男・前学長は気候変動問題をめぐる国際的な議論をリードしてきた一人。2007年にノーベル平和賞を受賞した国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の統合報告書の執筆者も務めています。

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 ICASは昨年4月、霞ヶ浦(北浦)畔の広域水圏環境科学教育研究センター(CWES)と統合し、地球・地域環境共創機構(GLECという新しい組織に生まれ変わりました。これまでの功績と今後への期待から、GLECは昨年10月、令和2年度気候変動アクション環境大臣表彰も受賞しています。

 こうして、学内に研究者が多くいることはもちろん、長年の取り組みの中で世界中の研究者やアクティビストとのネットワークも構築してきました。著名な講師による「カーボンニュートラル」講演会を茨大がいち早く開催できた秘密がここにあります。

脱炭素社会実現のためのイノベーションとは

 3回の連続講演会のトップバッターを務めたのは、東京大学名誉教授で公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)副理事長・研究所長の山地憲治先生。山地先生はエネルギーシステム工学が専門で、政府のグリーンイノベーション戦略推進会議の議長を務めるなど、日本のエネルギー政策にも長く関わっています。

cnreport3.jpg講演する山地憲治先生

「グリーンイノベーション」とは、脱炭素など気候変動対策に貢献する技術や知見を新たに生み出し、それによって経済成長も達成しようというもの。政府は令和2年度第3次補正予算で2兆円規模の基金事業を打ち出すなど、今後関連の技術開発などの取り組みに対する投資も加速化しそうです。大企業はもとより、地域の中小企業も、こうした動きを注視し、自社と社会の持続可能性を求めていくことが重要になるといえます。

 日本は再生可能エネルギーの普及で世界に遅れをとっているような印象があるかも知れませんが、「実はがんばっている」と山地先生。2017年のデータでは、再エネ導入率は世界で6位。水力発電を除く再生可能エネルギーの発電電力量について、2012年と2018年とで比較すると、実に3倍以上も伸びています。「この伸び率、増加スピードは世界でトップクラス」とのこと。

 しかし、気になるのは、この急激な増加を後押ししたFIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)により、電気代に上乗せされる形で国民の負担が大きくなっていること、さらに日本で導入されている太陽光パネルの製作地域のシェアを見ると、2010年には87.3%が国内生産だったのが、2019年ではほぼ逆転し、82.9%が海外産(主に中国)となっていることです。国内経済での循環につながっていないのです。

cnreport4国内出荷の太陽光パネルのうち国内生産の割合は大きく低下(講演資料より)

 そうした中で期待される分野が、たとえば洋上風力発電。ただし、海洋環境への影響、コミュニティの理解や海域利用のルール作りの必要、高コストといった課題があります。

 一方、大学などでは新たな技術開発のための研究も進められています。二酸化炭素の排出を減らしたいのであれば、工場の煙突から出てくる前の排気ガスから、直接二酸化炭素を取り出し、貯蔵してしまうというアプローチがあります。これをCCSCO2回収・貯留)といいます。さらに現在、回収した二酸化炭素を化学的に再利用する研究も進められているそうです。

脱炭素に関わる技術は思いのほか広い

 さらに視野を広げてみましょう。「脱炭素」につながる技術として、再生可能エネルギーを使った発電、電気自動車の普及、二酸化炭素の回収、緑化事業などは頭に浮かびやすいですが、たとえばスマホやAIはどんな役割を果たすでしょうか。

 電話、パソコン、カメラ、オーディオ、懐中電灯......家庭にはさまざまな電気機器があり、それらは電力を消費するとともに、その製造過程でも多くの二酸化炭素を排出しています。ところが、これらの電気機器、今ではスマホ1台にその機能が集約されている。これだけでもエネルギー消費を抑えているといえるかも知れません。

cnreport5複数の家電の機能がスマホ1台に集約されたことでエネルギー消費も減少(講演資料より)

 また、AIは、工場のラインを稼働させる中で、必要な部品の最も無駄なく調達できるような方法を計算することができます。物流がスマートになれば、二酸化炭素排出の削減にもつながるでしょう。

 そのように考えると、脱炭素の実現という目標をコアにして、私たちが考えている以上にたくさんの領域の技術開発が関わっていることがわかります。こちらの図は、関連する技術をその相関も含めて表現したものです。

cnreport6脱炭素に関する多様な技術分野をマッピング(講演資料より)

 たとえばこの図を手がかりにすれば、茨城大学の多様な研究が、脱炭素へ向かうどのステップに関わっているのかを把握することができるかも知れません。そして、ゴールを共有する横の関係が「可視化」されれば、分野を超えた新しい研究開発、まさにイノベーションが生まれる可能性もあります。もちろん大学だけでなく、中小企業が持続可能なビジネスのための戦略を探ったり、大学との共同研究の糸口を見つけたりする上でも役立ちそうです。

 質疑応答では、農業、畜産業の観点からの質問もありました。「農業ももちろん重要」と山地先生は強調します。たとえばよく指摘されるのが、家畜のげっぷに含まれるメタンガス。ここではエサの配合や、そのメタンをエネルギーに変換して活用するなどの技術が解決策になります。

 また、エネルギー政策をめぐっては、発電施設を造設する地域の住民の合意が重要になります。先に触れた風力発電では、海洋生態系への影響や、低周波の騒音がたびたび問題になります。また、既存技術の活用という点では、原子力発電所の再稼働の可否も関わってきますが、これも社会的に大きな議論となるテーマです。こうした中でどんなエネルギーを選択するか、という点では社会政策・公共政策の知見が不可欠です。「グリーンイノベーション戦略というと、政府や大手産業というイメージが強いが、地域や家庭でどう取り組めるか」という質問に対し、山地先生は、「コミュニティをまとめられるリーダーシップが求められる。その点で大学の役割は大きい」と力をこめていたのも印象的でした。

連続講演会は続く―地域を基盤とした持続可能な地球環境の実現へ

 第1回の講演会は参加者約300人と大盛況、質疑応答も含めて意義深い議論ができ、関心の高さがうかがえました。

 連続講演会は続きます。5月10日は、世界自然保護基金(WWF)ジャパン専門ディレクター(環境・エネルギー)の小西雅子先生が講師を務めます。国際交渉の現場で、NGOの立場で政策提言をしてきた小西先生の話は、異なる利害をもつ国・地域同士がどういう共通の目標をもてるか、ということの理解を深めてくれるでしょう。

 また、5月23日に講師を務めるのは、メディアでもおなじみの東京大学未来ビジョン研究センター教授・高村ゆかり先生。世界の最新動向を踏まえ、地域や企業が具体的に取り組めること・取り組むべきことをお話ししてくださる予定です。

cnreport7第2回講師の小西雅子先生(左)と第3回講師の高村ゆかり先生

 このような講演の機会が、大学の学生・教職員、地域の企業等の方々の関心と理解に留まらず、新たなつながりをもたらしてくれればと思います。その具体的な取り組みが、地域を基盤とした、持続可能な地球環境の実現につながるはずです。

茨大では、今回の連続講演会を出発点として、引き続き学びや交流の機会をつくっていきます。今後もご期待ください!

(取材・構成:茨城大学広報室)