1. ホーム
  2. NEWS
  3. 五浦美術文化研究所・藤原所長に訊く―震災、コロナを超えて次のステージへ

五浦美術文化研究所・藤原所長に訊く
―震災、コロナを超えて次のステージへ

 新型コロナウイルス感染症は茨城県内の観光にも大きな影響を与えている。例年大型連休を中心に多くの観光客が訪れる北茨城市の茨城大学五浦美術文化研究所も来場者数が大きく落ち込んだ。
 しかしこのようなときこそ、研究所の所蔵品情報のデジタル化や水戸キャンパスを活用した多様な発信など、新たな取り組みも進めたい―そう語るのは、同研究所の藤原貞朗所長(人文社会科学部教授)だ。震災、コロナという苦難を乗り越えて目指す、五浦美術文化研究所の次のステージについて話を聞いた。

藤原先生1

―五浦美術文化研究所への新型コロナウイルス感染症の影響は?
藤原「4月16日から6月1日まで臨時休館としました。5月の入場者数だけを見ても、去年は7000人近い来場者があったのが、今年はゼロです。来場者が密集しないように敷地内にカラーコーンや貼り紙などを設置し、6月2日から再開していますが、来場者数は昨年比で半分ぐらいに減っています」

五浦美術研究所1サインやカラーコーンを設置して来場者が密集しないようにしている

―近年の五浦の状況は?
藤原2011年の東日本大震災以降、来場者は減少傾向でしたが、その震災による津波で六角堂が流失し、その中でたくさん寄附などもいただきながら復興してきました。しかしそれから約10年が経とうとしており、いつまでも復興を看板にしているわけにもいきません。六角堂も海のそばに建っているので傷んできており、次のことを考えなくては、というのが今の段階です。
 観光客自体が減っている中では、地域の方たちに何度も来てもらえるような地域密着の施設にならないといけません。それで去年、展示室である天心記念館をリニューアルしました。展示替えをしていくことで、何度も来てもらえるというのがあります。それから正面の長屋門のすぐ裏側にある待合室も、今まではほとんど利用がなかったのですが、ここに岡倉の『茶の本(The Book of Tea)』関連の資料を集めようと、世界中の翻訳本を入手して少しずつ展示しています」

天心記念館展示室である天心記念館は昨年2月にリニューアルを果たした

―地域の方々が気軽に集う場所にできれば、ということですね。
藤原「みなさんがふらりと来て、勉強したり情報交換したりする場所、地域の拠点にしたいと思っているところです。今も景観は楽しめますが、あそこで岡倉や横山大観、菱田春草が活動をしていた時期のことを、もうちょっと踏み込んで物語として楽しめる場にしていかないと、何回も来てもらえるということにはならないと思いますね」

―他方で新型コロナウイルス感染症対策も必要となります。
藤原「これまでも入場者は減少してきてしまっていたので、このコロナの状況を、新たなことを始めるチャンスにできればと思います。今、研究所の所蔵品をデジタル情報にしてタブレットなどで見られるような準備もしているところですし、五浦の景観を動画で撮影して公開するというのも良いかも知れません。
 景観の整備という点では、実は去年の台風の影響で大きな木が複数折れてしまうなどして、植栽もしないといけない状況です。研究所としてこれまで景観のデザインというところまで踏み込んではきませんでしたが、今後はそういうことも求められてくるでしょう」

―五浦については、岡倉天心の顕彰会のみなさんの尽力も大きいですね。
藤原「顕彰会のみなさんと毎年行っている観月会、これは岡倉がかつていろんな著名人を呼んで観月会を開いていたというのを真似したものですが、こういう交流の場として六角堂も普段から使っていけるようなモデルを作れるといいですね。
 それから今年は五浦での「天心サミット」も予定されています。天心サミットは、横浜、福井、新潟、五浦という4カ所で毎年持ち回りで開いているものです。コロナの第2波は心配ですが、顕彰会のみなさんはぜひやりたいとおっしゃっており、準備が進められています。今年は岡倉の手紙を5~6点とりあげて、それをスライドで映しながら、朗読のプロの方に朗読してもらい、また音楽家に音楽もつけてもらう、という趣向のことを企画しています」

藤原先生2

―天心がここまで見直されている背景は?
藤原「各地域にとっては、岡倉の存在がそれぞれの地方の活性化につながるんだ、ということが2000年代ぐらいから実感されるようになってきたというのはあると思いますね。それから『茶の本』は1906年刊行なので、それから100年以上が経ち、いろんな翻訳が出るようになって人気を獲得してきたというのもあるでしょうか。五浦で過ごした晩年の岡倉の魅力というのも、日本の中でもだいぶ伝わってきました」

―「亜細亜は一なり」という天心の思想は政治利用されてきた歴史もあります。
藤原「太平洋戦争中、日本軍がアメリカへ向かって風船爆弾というものを飛ばしたのですが、その基地は研究所のすぐ隣にあったんですよ。太平洋に出っ張った五浦の岬は、実際、日本の中でもアメリカに近い場所だったといえるのでしょう。兵隊たちは天心邸に泊まっていました。岡倉の考えの中で、そういうものにつながる保守性があったのは確かだと思いますし、それは負の歴史といえますが、大学としてはそういうものも真正面から見つめ、紹介することで、今の若い人たちにとってはそれが戦争や文化について考える材料になるはずです。
 岡倉自身、なかなか東京にいては見えないけれど、五浦の岬に立って海を見ると、その向こうにアメリカやインドの存在をリアルに感じられたのではないか。東京中心のつながりではない、世界との精神的な近さみたいなものがあそこにはあったんですね」

五浦海岸と六角堂ドローンで上空から撮影した五浦の海岸と六角堂

―本学の学生、教職員にも五浦をもっと知ってほしいです。
藤原「五浦美術文化研究所は、今年で創立65周年を迎え、紀要も50年近くにわたって40冊を公刊しながら、これまで継続してきました。こんなに長い歴史をもった研究拠点は、他の大学でもあまりありません。天心の研究者もなかなか五浦には来ないのですが、来たらみんな感動する。そういう点では学術的な役割も果たしてきているわけですね。
 水戸の学生が五浦へ行くのは大変ですから、水戸キャンパスの中に、五浦や岡倉を紹介するスペースをつくりたいです。東京中心ではない、地域と世界のつながりという点で、五浦は茨城大学にとっても重要なシンボルになるのではないでしょうか。そういう場所があって、もっと学生や教職員に関心をもってもらい、一緒に盛り上げていけることが理想です」

(取材・構成:茨城大学広報室)

五浦美術文化研究所を応援しよう!―キャンペーン実施中

 現在茨城大学では、株式会社サザコーヒーと連携し、共同開発商品「五浦コヒー」を活用したキャンペーンを展開しています。五浦コヒーを対象店舗で購入した方に、人気ゲームアプリ「明治東亰恋伽(めいこい)」とコラボレーションしたオリジナルポストカードを進呈。このポストカードの提示により、五浦美術文化研究所の入場が無料(1名)になります。また、「五浦コヒー」の売り上げの一部は岡倉天心遺跡の保全や教育普及・研究活動に役立てられます。詳しくはこちらをご覧ください。