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茨大の新理事はアーティスト!菊池あしな理事(国際連携)に聞く

 今月就任した太田寛行学長が、ダイバーシティ(多様性)を活かした大学の実現を目標として掲げる中、茨城大学初の学外からの女性理事として抜擢されたのが、国内外でアーティスト活動をする傍ら企業の海外進出支援なども行っている菊池あしな理事(国際連携担当/非常勤)です。これまでどんな活動をしてきたのか、大学にどんな思いをもっているのか、インタビューしました。

―これまでの経歴、活動について教えてください。

菊池「小さい頃からアートが好きでしたので、美術を専門的に学べる高校を卒業したあと美大で日本画を勉強しました。それから神奈川県出身ということで米軍基地が身近にある中、英語を使って異国の人と話したいという思いもあり、大学時代は海外をたくさん回りました。卒業後は、ひたすら国内外での制作活動で、個展を開いたり国際展に参加したりしていたのですが、その間、ドイツ、インドで5年ほど滞在していたりと、そういう経験もあって4~5年ぐらい前からは日本の企業の海外進出支援のような仕事もしています」

―幅広い活動ですね。

菊池「そうですね。でも、国際協力、国際ビジネス、アートというのは、私の中ではそれぞれ離れたものではありません。みんなで一緒に何かを作るというのが好きなんですね」

―最初の海外経験は?

菊池「高校2年生の夏休みのときに、短期留学のようなものですが、1か月ほどイギリスに滞在したのが最初の異文化体験ですね。とにかく若いときというのは強烈なインスピレーションを受けるもので、雲の形とか風の感覚とか匂いとか、目で見るすべてが新しくて、片っ端からスケッチしたのを覚えています。そうやって自分のワクワク感が奮い立つ中で英語を通じて初めて国際的な友達もできて。一方で日本人が置かれている状況、悪気ない差別とかが普通にあることも体験してそれはショックでもありました」

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―大学時代はいかがですか?

菊池「とにかくいろんなところに行きました。夏休みは青春18きっぷを使って日本中電車で出かけて登山や自然の中でスケッチをして、春休みには安い飛行機チケット買って1か月~数か月、あるときはアジア全域、あるときはヨーロッパ全域という感じで。それこそバックパックです。いろんな人に会いながらスケッチしていました」

―特に印象深い思い出は?

菊池「ポルトガルではじめて絵を買ってもらったんです。絵を描いているところに30代ぐらいの女性がやってきて、『私、あなたの絵を買うわ』と。絵を売るつもりで描いていなかったので、嬉しいと同時に戸惑ったのですが、同時に、アートについて、私自身の活動や想いなどについて沢山のことを聞かれました。そういうことがヨーロッパにいる間たびたびあり、その時感じたのは、ヨーロッパの人たちが作品を購入するとき、彼らはアーティストの知名度やそのときの想いだけで行動するのではなく、『私はあなたの人生を責任もって応援します』という姿勢で、芸術や文化、あるいは歴史に対して自らお金を落とし意見し関わっている、ヨーロッパ人は自分自身が社会や歴史の中で責任ある一人として意識を持って生きている人が多いなということを実感したんです。私も作品を気に入ってもらえたことが嬉しくて、無意識に同じタイプの絵を続けたり、そうやって制作の行動も方向づけられていくなんてことがありました。つまり、アーティストが一人だけで新しいものを作るというのではなく、社会が一体となって協力して作品が生まれ、そこから文化も築かれていくんですね。社会の中にはもちろん幅広い生き方があってどんな職種の人でも社会や歴史を築く一員として責任をもって生きている、学生時代海外でそんなことを強く感じたのを覚えています」

―日本が嫌になったりしませんでしたか?

菊池「若いときはそういう感覚もあったかも知れませんが、世界を自由に行き来でき、いろんな国を経験することができるようになると、文化や地域の数だけ、それぞれの良さがあることに気づきます。だからこそ日本を良いと感じたりすることも多くなりました。特に、日本人の色彩に対する繊細さ、豊かさを感じるようになりました。明確な光のコントラストによって色を識別する国もありますが、春霞の中で見るようなうっすらと淡い色の中に、奥深く幅広い色相をみることができるのは、日本人の生きてきた環境があってこそ、それこそ自然の豊かさがあるからこそだと感じていますね」

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―最近はどんな作品を作っているのですか?

菊池「これまで自分が作ってきたものを振り返ってみると、形態はかわっても自分が追い求めているものは今も変わっていないことに気づきました。私はもともと、人と人、モノとモノ、あるいは人や生き物や自然とか、そういうものに境界をつくるのが嫌で、むしろそこには関係性があってつながっているというイメージをもっています。そういうイメージの中で、それぞれ個々の存在意義、あるいはそこに今いる「気配」みたいなものを探って作品という形にしてきました。一方で、その時々によって作品の表現方法や素材は変わります。日本画のように自然の鉱物で描くものもあれば、ビビッドな色合いを表現するのにアクリル絵の具を使うこともあるし、空間を取り込んでいきたい場合はインスタレーションやパフォーマンス、音楽家とのコラボというふうに。最近はバラを使ったフラワーアートの国際コンペでグランプリを受賞できたこともありましたが、それはフランスという異国で、まさにフラワーアーティストという異分野の人たちとひとつの作品を作ったからこそできた経験で、多くを学び、とてもおもしろかったですね」

―企業の海外進出の支援はどういうきっかけから始まったのですか?

菊池「茨城県内のある企業が開発した小型の水力発電機を、海外で導入するための調査が最初の仕事でした。その企業の人と学生時代からつながりがあって、声をかけられたんです。私は海外をうろうろするのは得意でしたけど、コンサルタントの経験はないし、海外の政府機関とアポがとれるような特別なネットワークがあったわけではありません。インドを含めた南アジアの地域を4か月間歩き調査を進めながら、電気に困っている人はいるだろうか、どこの国、地域からなら始められそうか、ということを調べていったんです」

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―グローバルな市場調査というとデジタルなことを思い浮かべますが、すごくアナログですね。

菊池「大手企業とのつながりでものづくりを長くやってきたその中小企業にとって、自社製品で海外進出というのは未知の世界なので、そんなにコストはかけられない。ですからなるべくお金のかからない地道な調査になるんですね。無電化地域を訪ねるというのはなかなか大変で、国際線、国内線を乗り継いで、まずはセダンで1日走ったら途中で道がなくなり、そこからジープで3日間、さらに歩いて4日間でもうヘトヘト、ところがそこは水が貴重だから体を洗うところがない......みたいな行程なんです。そうして村に滞在して、どういうふうに女性たちが暮らしているか、ここに機械がきたらみんな使うだろうか、ちゃんとメンテナンスしてくれるだろうか、ということをリアルに現場調査していくわけです」

―その経験で新たに見出したことは?

菊池「本当にいい製品、いいプロジェクトというのは、やっていくと人が集まってきて、人と人とがつながって、同じ目標を持った人たちが協力して新しい世界が生まれてくる、そうすると機械もプロジェクトもまるで生き物のように成長していくんだなということを感じました。後で『いい製品だったな』と思えたのは、人間がラクして使えるものではなくて、人がかかわってメンテナンスが必要だったからだと思います。水力発電にはきれいな水路、きれいな流れが必要ですけど、コミュニティの人たちはゴミの分別処理などクリーンな処理についての教育は受けていませんし、学校に行けず、読み書きができない方もいらっしゃいます。そこに地元の人が集まってみんなで製品をなんとか動かそうという協力体制が必要で、苦労しながら一歩一歩進んでいく。でもそうやって苦労して人がつながっていくというのが大事なんですよね。ミニマムなものから得られる最大限の幸せというのは、資本主義社会にいる私たちが学ぶべきものだと思います」

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―そういう経験を知っている太田学長から、大学の理事への就任を打診されたとき、どんなことを感じましたか。

菊池「国立大学という大きな組織の中で私に何ができるんだろうかという疑問を、太田学長に素直に投げかけたのですが、学長が『これからコミュニケーションを重ねながら一緒に観つけていきたい』ということだったので、これからいろいろな方々と出会って一緒につくっていけることであるならやってみようかな、と。大学は、ほかにはない専門性をもった人たちの集合体なので、大きなポテンシャルを感じています。『国際連携』というキーワードにおいては、シンプルには海外の大学とどうつながって何ができるかということもありますが、あわせて人と人とが垣根を越えてつながることで何かを生み出そうと目指すという点では、海外だけでなく地域の人たちとつながっていくことも重要だと感じていますね」

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―新型コロナウイルス感染症の蔓延という事態も踏まえ、社会の中で大学が果たすべき役割とは?

菊池「この新型コロナウイルス感染症というのは、これから想像していないような世界への変化をもたらすと思っています。日々目まぐるしい変化の中、最善の対策を進めていく過程ではありますが、"アフターコロナ"の時代へ向けては、今こそ思考や活動をストップさせるのではなく、新しいことを模索し続ける行動が、世界を切り拓いていくのだと思います。それは、従来の組織の中で身動きがとりづらかった人にとって、自らの取り組みによって新しい秩序やシステムを生み出す機会になるかも知れません。
 大学は「専門」という、国境をこえたコミュニケーションツールによって新しいカテゴリが生まれる場所であり、いろんな意見をもった人たちがつながっていく場です。今行われている高度な研究が、今すぐではなく遠い将来に道を切り拓くことにつながるかもしれませんが、どうやったら、社会や、人、地域のために役立つのかという模索は常に必要だと感じています。また、学生さんにとって大学は、社会に出ていく前、これから豊かな人生を歩むために専門性を磨く場です。いろんな人と出会って、専門性を高めながら、自分は社会の中でどういうふうに生きていくんだろうということをたくさん模索できる場が大学にあればなと思います」

(取材・構成:茨城大学広報室)