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日韓関係の未来へ向けて(前編)―5人の学生の熱いスピーチ

 昨年のいわゆる徴用工判決がひとつのきっかけとなって対立を深める日本と韓国の両政府。韓国の音楽やグルメ、コスメのブームが日本の若者の中に広がるなど、市民レベルの文化の交流は進んでいるものの、長引く政府間対立や経済上のさまざまな措置は、それらの交流に暗い影を落とすかも知れない。
 そうした中、茨城大学では、相互の政治・経済の現状や歴史的背景に関心をもち、対話と理解を深める場として、学生によるスピーチ+教員による論点整理+意見交換会という構成によるイベント「わたしと日韓関係―未来へ向けての意見交換会」を企画。大学生はもちろん、高校生から高齢の方まで約80人が来場する中、多様なバックグラウンドをもつ5人の学生が、自らの経験やパーソナリティに立脚した個性的なスピーチで日韓関係への率直な思いを表明し、それに呼応するように来場者も疑問や考えを語る場となった。
 登壇した各学生、教員のコメントがいずれも印象的なものだったので、ひとつひとつの内容を前編・後編にわけて紹介したい。

わたしと日韓関係―学生たちのスピーチ

 今回、属性やこれまでの学修活動、研究テーマなどをもとに、日韓関係についてスピーチをしてもらう5人の学生をピックアップし、スピーチを依頼。デリケートな内容を含む面はあるものの、全員がすぐに引き受けてくれて、準備に臨んでくれた。その内容はいずれも心を打つものであった。

韓国という国や人を一括りにせずつながりを大切に

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 最初に登壇したのは、人文社会科学部3年の田村捺芽(なつめ)さん。現在、国際交流について学び、県内在住の外国人の支援活動もしている田村さんは、小学生の頃からK-POPに親しみ、「そのうち韓国という国についての知識も増え、自分の中で韓国の存在が大きくなっていくのを感じていました」という。昨年春にはソウル旅行、さらに夏には、茨城大学の交流協定大学であるプサンのインジェ大学校での語学研修プログラムに参加した。当初は韓国=反日という先入観をもっていたが、自分の中で韓国人の友人をつくることと、メディアから受けた韓国のイメージを自分の目で確かめることという目標を立てて研修に臨んだという。2週間の研修では、バディを務めた韓国人学生のあたたかさに触れ、「韓国へ抱いていたイメージは180度変わった」という。今でも韓国の方との交流は続けており、水戸での交流イベントにも参加。そうした経験から、「メディアからの情報を鵜呑みにせずに自分から知ろうとすること、韓国という国やそこに住むすべての人を一括りにすることなく、人と人とのつながりを大切にすること」を重要だと考えるようになった。

正しい歴史認識をもつこと、慰安婦問題を女性の人権問題としてとらえること

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 次は、同じく人文社会科学部3年の重富優希さん。重富さんは国際人権法のゼミに所属しており、今年の夏のゼミ合宿で初めて韓国を訪れた。合宿では、元日本軍「慰安婦」の方たち(ハルモニ)と日韓の若者たちがともに過ごしている「ナヌムの家」という施設を訪問し、93歳になるハルモニから直接話を聞いた。「私たちは強制労働の被害者です。『慰安婦』というのは日本人が私たちに勝手につけた名前です」。彼女が語ったこの言葉が最も印象に残り、「93歳になっても心はまだ癒されていない」と感じたという。

「日本の今までの対応や主張がすべて間違っているとは思わないが、被害者のことを第一に考え、この問題にきちんと向き合うということができていなかったのでは、と感じる」と重富さん。この問題は、到底償えきれないものを償うという性質であることを指摘した上で、「それでも日本側がもう少し元『慰安婦』の方の声を聞き、心に寄り添う対応―ひとりひとりに伝わるような心からの謝罪があったなら、彼女たちの心も今より癒されていたのではないか、そう思わざるを得ない」と語り、現在の日本においても、インターネットで不確かな情報や心ない発言が溢れ、彼女たちの心の声を聞く体制が整っているようには思えないと語った。「日本軍の関与の下に慰安所が設置され、被害者がいることは事実なのに、歴史の教科書に載っていないというのはおかしい。私たちには、過去の教訓に学び二度と同じ過ちを繰り返さない責任がある。正しい歴史認識をもつこと、この問題を政治的な問題というより女性の人権問題としてとらえることが大事」という重富さんの言葉が鋭く心に刺さった。

日韓関係について偏見のない知識・情報をもち、相手国の立場になって考えて

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 続いて登壇したのは、人文社会科学部3年生のオ・スンソクさん。韓国からの留学生だ。韓国の教育やメディアで知る情報は、国民に対して植民地支配をした日本に対する批判的な感情を植えつけるところがあるが、「果たして教科書とメディアが教える内容がすべて正しいのか疑問を抱くようになり、自分の目で見て、耳で聞き、日本に住んでいる日本の人たちと直接話をしたいと思って、留学を決断した」。オさんは、1910年の韓国併合から35年続いた日本の植民地支配と、1965年の日韓基本条約締結にあたって、日本が韓国に5億ドル(3億ドルの無償支援と2億ドルの長期低金利債権)という多額の支援を行ったことなどを紹介。その上で、「韓国のメディアではそうした内容は報道されず、単に日本が植民地支配に対する責任を果たしていないと主張しており、日本人はその点に不満を持っていると思う」と語る。一方、韓国人が抱く不満は、日本の中等教育までは学校教育で慰安婦問題が扱われていないということ。日本人にして見れば、「学校で学んでいないからこそ、どうして韓国はこの問題をわざわざ取り出して反日的になっているのかと疑問に思うのではないか」と指摘した。

「両者とも、相手国の状況や事情を深いレベルで共有していないということだろう。一方で日韓関係は両国の政府にとって政治的に使いやすい素材であり、ポピュリズムの材料として利用している。緊密な国家関係において、政治家のポピュリズム政策は排除すべきだと思う」とオさん。「どうして韓国は徴用工、慰安婦に敏感になっているのか、どうして日本は韓国が要求する賠償金問題にそこまで敏感になっているのか。それをより深く知るには、民間交流も盛んに進め、どれだけ偏見のない知識や情報をもち、相手国の立場になって考えるかが大事」という訴えに、会場からは大きな拍手がおくられた。

自主的に情報を集めて行動できる人がひとりでも増えれば

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 4人目は人文学部4年生の今井敦希さん。お父さんが日本人、お母さんが韓国人というダブルで、幼いころから何度も韓国へ行く機会があり、今年の8月にもソウルやプサンを訪れた。既に日韓の政府間対立は激しくなっており、一部では渡航への注意を呼びかける動きもあったが、今井さん自身はそうしたことは気にかけず韓国へ発ち、約1ヶ月を過ごした。

 ソウルからプサンへ出かける前に、「日本人入店禁止」と書いた垂れ幕を掲げたプサンの飲食店の写真がSNSで拡散されていることを知った。プサンはソウルよりも危険かも知れないと考えたが、その垂れ幕の字が日本語ではなくハングルであることに疑問を抱く。「日本人へのメッセージだとしたら日本語ではないと変。結局そのお店の人は、流行にのって、韓国の人たちに対し『自分たちは"反日"の味方ですよ』とアピールしているだけであって、そこまで本気の反日感情があるわけではないのでは?その写真だけで危険と判断するべきではない」と考え直し、計画どおりプサンへ行くことにした。日本人観光者は少なかったが、「日本人入店禁止」のような張り紙は一切見かけず。そこから、「一部でやっていることを大げさにメディアがとりあげているだけではないのか。報道の情報だけを鵜呑みにするのは良くないと思った」と強く感じたという。

 一方、「自分の周りの多くの人たちは実は日韓関係の悪化をそんなに認識していないのでは」と語る。「私が韓国に行っている間、状況を心配するようなLINEも電話ももらわなかった。あまり興味をもっていないのかも知れない。今回のようなイベントが、興味をもって自主的に情報を集めて行動できる人はひとりでも増えるきっかけになれば」と期待を込めた。

教科書への記述と誰にでも分かる行動で解決へ向けた真摯な一歩を

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 ラストは、大学院人文社会科学研究科修士課程1年の菊地琢さんのスピーチだ。現在、日本近現代史ゼミに所属しているが、学部時代は政治学を専攻しており、政治・外交問題としての慰安婦問題に関心をもっていた。大学院に進学し、「元慰安婦の戦後の生活」という視点から歴史学のアプローチで慰安婦問題を見つめなおしている。菊地さんがこのテーマに取り組んだきっかけは、「なぜこの問題が長い期間解決できずにいるのか」という単純な疑問からだったという。「大昔のことをいまだに韓国が言ってくる、関係悪化は韓国のせいだ、という認識をもっている人は日本では多数かも知れない。正直、私も勉強するまではそういう考えをもっていた」と吐露したが、勉強する中で新しい視点が得られた。しかし知れば知るほど問題の複雑さを実感し、まだ明確な判断はできずにいるが、その上で今の考えを率直に語ってくれた。

 菊地さんにとって「ハルモニ」たちの証言を知る経験は大きかった。「人が憎いのではなく、罪を明らかにして、同じ罪が再び犯されないようにしてほしい」といった言葉から、彼女たちは法的賠償だけでなく(あるいはそれ以上に)人としての尊厳を認めることを日本政府に求めているのだと実感したという。「過去を知ってもらいたい、認めてもらいたいという純粋な気持ちが、彼女たちを動かしているということがわかった」と菊地さんは語る。

 そんな菊地さんが重視するのは、やはり「教育」だ。「元慰安婦の人たちが恐れていることは『誰も知らない』ということ」と指摘し、少なくとも、"本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった"と名言した1993年の河野談話を歴史の教科書に記載すべきだと提言した。「韓国では日本大使館前の少女像設置などの挑発行為をしてしまい、日本は歴史問題においてあまり反省していないのではないかととられる対応を政治家がしてしまう。慰安婦問題に関して日本側が今できることは、教科書への記述や、トップの政治家がハルモニを訪問して交流して反省の意を示すというような誰にでも分かる行動をすること。いがみあうのではなく、お互いに歩み寄り、解決へ向けた真摯な態度の一歩が必要だと思う」と強く訴えた。

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 自らの経験や学びをベースに、率直な想いやメッセージをスピーチに託した5人の学生たち。その後、イベントでは、人文社会科学部の蓮井誠一郎教授(国際政治学)、佐々木啓准教授(日本近現代史)、付月准教授(国際人権法)がそれぞれの専門的な見地から、現在の日韓の対立に至る背景や今後の展望を語り、フロアとの意見交換会へと進んだ。それらの模様は後編で紹介する。

(取材・構成:茨城大学広報室)

>>日韓関係の未来へ向けて(後編)―問題の背景と改善への展望