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グレタ・トゥンベリさんの国連演説をどう受け止めるか
―高校生から80代まで多様な人たちが想いを共有

「あなた方は私たち若者に希望を抱いて集まっていますが、よくそんなことが言えますね!」「状況を理解していて行動を起こしていないのならば、あなた方は邪悪そのものです!」

9月に開かれた国連の温暖化対策サミットにおいて、スウェーデンの16歳の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんが強い口調で語った演説は、多くの人たちに衝撃を与え、世論にさまざまな反応を引き起こした。世界各国では若者による気候変動に対するアクションが広がっている。

 この演説や出来事を、私たちはどう受け止め、何をすべきなのか。多様な形でうごめく人々の想いをまずは共有しようと、茨城大学ではiOPラボとして「グレタ・トゥンベリさんの国連演説について語ろう」と題した緊急企画を108日に開催した。企画・モデレーターを務めたひとり、茨城大学広報室の山崎一希専門職が報告する。

 グレタ・トゥンベリさんが、政治家たちの気候変動に対する本気の対策を求め、学校を休んでスウェーデンの議会の前でひとりストライキを始めたのは昨年のこと。当初は選挙へ向けた行動のつもりだったが、彼女のアクションはSNSで瞬く間に広がり、彼女は金曜日のストライキをその後も続行している。毎週金曜日になると彼女の周りに人だかりができ、ついにはそのうねりが他の地域にも広がり、若者の新たなムーブメントになった。

 そうした最中におけるグレタさんの国連での演説。気候変動の科学的予見を知りながらそれでも経済を重視する「大人」たちの欺瞞、怠慢を鋭く指摘し、きわめて強い演説だった。将来の気候変動を自分ゴトとして捉える彼女の迫真の演説は、多くの人の気づきと賞賛を喚起する一方で、インターネット上では彼女の言動を批判する、なかには心無い書き込みも多く見受けられた。私は茨城大学地球変動適応科学研究機関(ICAS)の機関長でもある人文社会科学部の伊藤哲司教授に相談をし、学生はもちろん、学外の方たちも参加してこの演説について語りあうイベントを一緒に企画することにした。

 直前に新聞に告知記事が掲載されたこともあり、多くの方から問い合わせも受け、当日は20人ほどが集まった。そのうち3分の1が茨城大学のさまざまな学部の学生、3分の1は一般参加の社会人らしい方々、そして残りの3分の1は制服姿の高校生たちだった。一般参加の人たちも多様で、一番年長の方は80代半ば。海外出身者の姿もあった。やはりさまざまな立場の人が少なからずこの演説に心を打たれ、話をしたり聞いたりする場を求めていたのだ。

 語る会ではまず、彼女の演説の動画をフルで上映。手元には英語・日本語両方のスクリプトも配った。一部切り取られた部分だけをテレビやネットで見ていた参加者は多かったと思うが、まずは全編をきちんと見る・読むということが大切だ。

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 その後、会場にいるすべての参加者から一言ずつ率直な思いを語ってもらった。余計な分類はせず、いくつかを発言順に紹介しよう。

  • 正直ピンとこなかった。この年代の人が気候変動についてここまで理解していることに違和感がある。裏で誰かが動いているのではないか。
  • 自分は高校で働いているが、高校生たちも少なからず関心をもっているようだ。
  • 自分がどんな行動をするべきか判断するためにも、気候変動についての科学的なデータを参照したいが、生データは複雑なので見てもわからない。データを整理して見せる機能が必要。
  • 彼女の演説には、リアリティのある感情がこもっていると感じた。乱暴だが、あえてそういう表現をしたのではないか。
  • 高校の海外研修でオーストラリアに行ったが、日本よりも環境問題に対する意識が高いと感じた。
  • 若い人の発信が、環境問題がみんなの問題であることを気づかせてくれた。
  • 彼女が訴えている内容自体は前から言われていたことであり、目新しさはないが、これまでにない大きな反応があった。彼女の言葉は未来からの警告と受け止めるべき。
  • 彼女のきつめの言葉に違和感をもった。肉を食べない、飛行機を使わない、といった彼女の行動も共感できない。
  • 将来の予測については彼女の言っているとおりだと思う。しかし、長年気候変動に関心をもってきた自分からすれば、先行世代がただただ批判されるべきではないと感じている。
  • 先進国のエゴを感じる。発展途上国の存在はどう位置づけられるのか。
  • 彼女はいったい誰に何を求めているのか。あまりに多くの人に語りかけすぎている。
  • 自分ももっと小さい頃に、グレタさんと同じようなことを感じていた。これは発展を遂げた国々への怒りだと感じたが、過剰な表現にも見えた。
  • 彼女の発言は偏っていると感じる。具体的な対策も示すべきだ。

 実をいうと、この会を準備しながら、当日参加してくれるのは基本的にグレタさんの言動に賛同する人たちがメインで、彼女の演説への違和感はあまり語られないかも知れない、と思っていた。しかしその予測は完全に間違っていた。参加したみなさんから発せられた言葉は決して賞賛一色なんてことはなく、まさにそれぞれの人たちの率直な印象がそのまま語られたのだ。このことがまず、こうした場を開いた意義を強く感じさせてくれて、企画者のひとりとして大いに勇気づけられた。

 また、彼女の言動について違和感をもって受け止め、その率直な感想を示してくれた参加者の多くが、グレタさんと近い年代の大学生や高校生だったことも印象的だった。それ、グレタさんの言葉が向けられた対象が、若い世代ではなく、先行世代であったことも関係するかも知れない。彼女が「よくそんなことが言えますね!」=「How dare you!」と述べるとき、自分もその「you」のひとりかも知れないと考え始めたら、社会人としてはきっと単純に違和感を表明するのは難しくなるだろう。

 そこで、全員のコメントを共有したあとに、この「How dare you!」の「you」とは誰なのか、という問いをみんなで考えてみることにした。最初に手を挙げてくれた学生は、「これは環境活動家の代表から、政治家の代表へと向けられたメッセージだ」とコメント。それに対し、高校で働いているという女性が「地球上のすべての人類(もちろんグレタさん自身も)」と指摘すると、ポーランド出身の女性は故国の体制変更に伴う環境技術の変革の経験を踏まえて「地域によって感じ方は違うはずだ」と述べた。これは最初のコメントにもあった先進国と発展途上国との関係(気候正義)にもかかわる論点といえよう。

 会では気候変動の対策(緩和策・適応策)についての質問なども飛び、彼女の演説について考えながら、気候変動問題への理解を深める場にもなった。約90分の会において、当然結論めいたものには達しないし、それぞれの繊細な思いに十分に迫ることもできなかったが、少なくとも多様な人たちの多様な受け止めを全員で共有し、自分の価値や考えが少なからず揺さぶられるような会になったと感じている。

 会の終了後、しばらく会場に残っていた高校生が声をかけてくれた。彼はなんと、千葉からやってきていた。新聞に掲載された記事を、ニュースのキュレーションサイトで目にし、はるばる水戸まで来たという。彼は「環境や食糧が変わり、これから世界の健康寿命は減るのではないか」「これから『成長』なんてことは無理なのではないか」などと、普段から感じていることを私に次々に訴えた。私は私なりに彼の疑問に対して自分の考えを伝えたつもりだ。グレタさんの言葉に心を揺さぶられた多様な人たちがひとつの場に集まり、率直に思いを語る今回のような場が社会の中にあることが、彼にとって少しでも希望になればと願っている。大学はずっとそういう場でありたい。

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(文:茨城大学広報室 山崎一希)