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マヤ文明初期の巨大基壇をセイバル遺跡の航空レーザー測量で確認
―マヤ文明の公共建築の起源の解明に一石

 人文社会科学部の青山 和夫 教授らの研究グループは、グアテマラのセイバル遺跡においてマヤ文明初期の巨大基壇の姿を航空レーザー測量(ライダー)と発掘調査で確認しました。その結果、セイバル最大の巨大基壇(南北600m、東西340m、高さ15m)が、王権が成立する前に建造されたという重要な成果が得られました。今回の研究成果を示したオープンアクセス査読論文は、学術誌PLOS ONEに掲載されました。

 この研究は、青山教授が代表者を務める科学研究費補助金新学術領域研究 「古代アメリカの比較文明論」の成果の一部です。
 今回、航空レーザー測量(ライダー)と発掘調査によって、遺跡中心部の「グループA」という建造物群においてセイバル最大の巨大基壇の姿を確認しました。この基壇は南北600m、東西340mの長方形で、高さは15mに及び、かつてはその上に神殿ピラミッドや中小の基壇が建てられていました。

 また、発掘調査によって、巨大基壇の約8割が先古典期(前1000~後200年)に建造・増改築されたことがわかりました。その盛り土の総体積は約70万m3に及びます。セイバル遺跡の全ての神殿ピラミッドの体積は、巨大基壇の1割ほどにしか過ぎず、セイバルの共同体の形成過程において、初期の公共建築の建設活動は従来考えられていたよりもはるかに盛んであったと考えられます。

 セイバル最大の公共建築であった巨大基壇は、古典期(後200~1000年)ではなく先古典期に建造されました。マヤ文明初期では、巨大基壇の水平性が際立っていますが、これは、社会階層がまだ発展途上であり、非排他的な交流が可能な水平的な空間が好まれたからと考えられます。対照的に古典期マヤ文明の神殿ピラミッドは王権を象徴し強化する政治的道具であり、水平性よりもむしろ高さ、つまり垂直性が強調されました。ピラミッド状基壇の上の神殿へのアクセスは排他的であり、王など一部の支配層に限られました。したがって、セイバル最大の巨大基壇は、王権が成立する前に建造されたものだといえます。