1. ホーム
  2. NEWS
  3. スピン流版の太陽電池といえる原理を提案―光磁気技術の新しい展開に期待

スピン流版の太陽電池といえる原理を提案―光磁気技術の新しい展開に期待

 東京大学大学院工学系研究科の石塚大晃助教と茨城大学大学院理工学研究科の佐藤正寛准教授は、反転対称性の破れた磁性絶縁体(電気を流さない磁石)にギガヘルツ帯からテラヘルツ帯の電磁波を当てることで、スピン流の整流効果(特定の方向に流れを起こす現象)が生じることを理論的に明らかにしました。

 このスピン流は、磁性体中で現れるマグノンやスピノンといった磁石の性質を持つ粒子の流れによって発生します。スピノンなどの粒子の多くは電荷を持たないため、電子のように電圧をかけて流すことは困難と考えられていましたが、本研究では、反転対称性の破れた磁石に光を照射することでスピノンが特定の方向に流れることを示しました。これは光によって電流を作る太陽電池のスピン流版ともいえる現象です。この新しいスピン流生成法は、情報技術の重要な2つの要素である光と磁気との間の直接的な情報変換が可能であることを意味しており、光磁気技術に新しい展開をもたらす可能性があります。本成果はPhysical Review Letters誌に掲載されました。

研究の背景

 物質に光を当てることで電流が生じる光起電効果は、これまでにシリコンなどの半導体において多くの研究例があります。光起電効果の代表例であるシリコン半導体の太陽電池では、この現象を応用して太陽光を電気に変換しています。シリコンなどの半導体で光起電効果を起こすためには、通常、p型半導体とn型半導体という二種類の半導体を接合したpn接合が必要となります(図1)。一方、空間反転対称性の破れた物質は、pn接合のような接合を作らなくても光起電効果を示すことが知られています。この現象はバルク光起電効果と呼ばれ、ペロブスカイト酸化物などの物質でみられます。特にバルク光起電効果の一種であるシフト電流はpn接合によるこれまでの太陽電池の性能限界を超える可能性があることから、近年精力的な研究が続けられています。

 このように光を電流に変換する現象についてはこれまでにも多くの研究がありますが、ペロブスカイト酸化物などの遷移金属化合物の中には、半導体以外にも磁性体(磁石)など多様な性質を示すものがあります。これらの物質中では、電子以外に磁石の性質をもつ粒子(マグノンやスピノン)など多彩な粒子が発現します。こうした粒子については、スピントロニクスなどの次世代のエレクトロニクスへの応用が期待されていることから、光を使ったマグノンやスピノンの生成および消滅方法などがこれまでも研究されてきました。一方で、マグノンやスピノンの流れであるスピン流を光によって特定の方向へ流す(整流する)方法は、これまで知られていません。本研究では、空間反転対称性の破れた磁性絶縁体(電気を流さない磁石)に光を照射することで、光によって直流スピン流が生成できること(整流効果)を、理論的に指摘しました(図2)。また、この現象がシフト電流と類似のメカニズムによる現象であることを明らかにしました。

研究の内容

 磁性体中では、各原子がそれぞれ小さな磁石(磁気モーメント)として振る舞っており、これらの小さな磁石が色々な並び方をすることで多彩な性質を示します。本研究では、多彩な磁石の中で、空間反転対称性の破れた遷移金属化合物の磁性体を記述する量子スピン鎖という理論模型に着目しました。この模型では磁気モーメントをもつスピノンという粒子が現れます。この模型の光照射時の振る舞いを理論的に調べるために、物質の電磁波に対する応答を研究する際に広く用いられている線形応答理論を拡張し、光による直流スピン流の整流現象を調べました。その結果、ギガヘルツからテラヘルツ領域の周波数をもつ光を照射することで、スピノンが特定の方向に流れ、直流スピン流の整流効果が生じることを発見しました(図2)。

 この整流効果は、照射光の偏光方向と磁石の磁気モーメントを平行にした縦型の直線偏光で生じる現象であり、特別に光の偏光を調整する必要がありません。この点において、本整流現象は太陽電池のスピン流版ともいえます。これまでの研究では、光によって磁性体を制御する場合、光と磁性体の間の角運動量のやりとりを伴う磁気共鳴を使うことが一般的でした。テラヘルツ領域のレーザー科学は近年大きく発展しているものの、可視光や赤外領域のレーザーに比べるとまだまだ技術的困難があります。またテラヘルツ帯レーザーの制御の精度も他の周波数帯のレーザーに比べて高くありません。したがって、縦の直線偏光でも生じる特性は実験的実現性において有利と言えます。

 加えて本研究では、複数種の磁性体と光の結合の仕方が整流効果に与える影響も調べました。磁性体中の磁気モーメントはさまざまな形で光と相互作用します。代表的な相互作用について整流効果を調べた結果、全ての相互作用で整流効果がみられることなどの特徴を明らかにしました。これらは、半導体の光起電効果と大きく異なる性質です。

 代表的な電磁波誘起スピン流現象であるスピンポンプ(図3)は、磁性体に電磁波を照射し磁気共鳴を起こしてマグノンを発生させ、そのマグノンによるスピン流が拡散的に全方向に伝搬する現象です。一方、今回提案するスピン流の整流現象では、電磁波の周波数を高精度で調整して磁気共鳴を発生させる必要はなく、また発生するスピン流は全方向ではなく物質の構造によって決まる特定の方向へ流れます。これまでスピンポンプとして観測されていたスピン流の一部にも、本研究で提案したスピン流が混じっている可能性があります。

今後の展開

 スピントロニクスは次世代エレクトロニクスの一つとして注目を集めている研究分野です。なかでも絶縁体を用いたスピントロニクスでは電流が流れないため、電流による発熱がないことや、磁気モーメントの緩和時間が電子に比べて長いことなど、いくつかの利点が期待されています。本研究の成果は、絶縁体スピントロニクスにおける新しいスピン流の高速生成方法の提案と見なすこともでき、光によるスピントロニクス分野に新しい視点を与え、それを大きく発展させることが期待されます。さらに、今回の発見はスピン流版シフト電流といえるものであり、シフト電流のメカニズムが太陽電池以外にも多彩な現象を生み出すことを示唆しています。

論文情報

  • 雑誌名:「Physical Review Letters122巻(2019年),197702.
  • 論文タイトル:Rectification of spin current in inversion-asymmetric magnets with linearly polarized electromagnetic waves.
  • 著者:Hiroaki Ishizuka, Masahiro Sato
  • DOI番号:1103/PhysRevLett.122.197702
  • アブストラクトURLhttps://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.122.197702