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映画『それぞれのヒーローたち』上映会―「新たな関係を編み出す希望の映画」

 624日、水戸キャンパス図書館で『それぞれのヒーローたち』という映画の上映会が行われた。主催は茨城大学人文社会科学部市民共創教育研究センターと、福島から茨城に避難している震災・原発事故被災者の支援団体で原口弥生教授が代表を務める一般社団法人ふうあいねっと。映画は1983年の全国軟式高校野球大会で準優勝となった福島県立平工業の「ヒーロー」たちの震災も含めたその後の葛藤と希望の姿を描く、実話をもとにした物語で、福島を応援する多くの個人・団体の支援によって制作された。上映会には映画制作のきっかけを作った高梨由美さんも登壇した。

 映画は1983年の全国軟式高校野球の決勝戦の模様から始まる。福島県立平工業高校は準々決勝、準決勝を厳しい延長戦の末勝ち抜き、エースの高萩文孝はその間、ひとりで投げきった。それから30年後、主人公の竜崎由美(高梨さんがモデル)は軟式野球部マネージャーだった当時を振り返る中で、自分にとって「ヒーロー」だったチームのメンバーたちに会いに行くことにする。高萩は東京電力社員となった後、地元で町議会議員となっていたが、福島第一原発事故後は地域やネット上で厳しい非難を浴び、憔悴していた。また、その他のメンバーからも、敗退した試合やその後の人生をめぐり、それまで語られていなかった事実が明かされる。「ヒーロー」たちがそれぞれ胸に秘め、ひとり抱え続けていた想いに触れた由美は、この物語をもとにした映画づくりによって地域に希望を灯すプロジェクトを思い立ち、行動する――

 約1時間の映画。5分間に及ぶエンドロールには映画づくりに協力したのべ250人の福島県民などの名前がずらりと並ぶ。映画が終わり拍手とともに迎えられた高梨由美さんは、開口一番、「映画をつくりたいというより、映画づくりを通してふるさとの福島を元気にしたいと思っていました」と語った。

fuai_2.jpg映画の原作・プロデューサーを務めた高梨由美さん

 高梨さんによれば、そのきっかけとなったのは、震災のボランティアの中で出会った福島県出身の大学生が口にした、「いい人と出会って結婚したいけれど、誰にも『福島出身』といえないんです」という言葉だったという。その頃すでに震災から7年以上が経ち、まちのハードは見るからに復興をしていたが、子どもたちの心の中には悲しい影を落とし続けたままだったのだ。「子どもの未来のために、大人が福島を誇りに思えるような取り組みをしなければ」と強く感じた高梨さんは、東京から故郷の福島へ戻り、映画づくりのプロジェクトを始めた。映画によって、その熱意とプロセスに触れることができる。

 会場には、平工業高校軟式野球部のOBという男性も訪れていた。現在は小美玉市に住んでおり、新聞で上映を知って訪れたという。男性は映画で描かれている部員たちより15年ほど年長だが、当時、軟式野球部の廃部もささやかれていたそう。校長には県大会ベスト4以上という約束をし、決死の思いで試合に臨んだ結果、見事県大会で優勝して南東北大会にまで進んだ。「今でも野球を続けてて、シニアの大会で優勝をめざしています」と語る男性の姿は映画の「ヒーロー」とも重なり、高梨さんも感慨深い様子だった。

fuai_3.jpg会場からさまざまな感想や質問が寄せられた

 上映会の最後に挨拶に立った原口弥生教授は、「震災から8年が経ち、避難者の中にも、それぞれの地域で新たな仕事を始めるなど、前を向いて歩いている人たちがでてきて、私たちはそれを後ろから支えるという支援ができていることを幸せに思います」と語った上で、「一方でまだまだ助けが必要な人たちもたくさんいます。『福島に生まれて良かった』と思えるように、福島に誇りをもてるように、というこの映画の想いは、私たちの活動とも重なります」と述べた。また、悩みを抱え、塞ぎこんでしまっていた登場人物の男性たちにも触れ、「男性の中には苦悩をひとりで抱え込んでしまう方が少なくない。心を開いていくようなチャンスは必要。その意味で、新たな関係を編み出すような今回の映画づくりの意義は大きい」と力を込めた。

 実際、全国大会での「決勝敗退」という結果に終わったこの当時のメンバーは、以来35年間、同窓会を開くことがなかったそうだが、今回の映画を通じて心を開くようになり、今年は初めて同窓会が開かれたそう。まさに、つながりをつくる、希望をつくる映画といえよう。今後、茨城県内での上映も予定されているそうなので、気になる方は情報をチェックしてほしい。

(取材・構成:茨城大学広報室)