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オウム事件の報道記者100人へのインタビュー「事件を止められなかったのか」その答えから受け取ったもの

 人文社会科学部の村上信夫教授のゼミでは今年度、3年生の学生たち(所属は人文学部)が、オウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年)など一連の事件報道に携わったジャーナリストたち約100人にインタビューを行った。地下鉄サリン事件の日からちょうど24年となる3月20日に東京都内で行う報告会に向けて、学生たちはインタビューの成果をまとめているところだ。今回の調査チームのリーダーを務めた園山紗和さんに話を聞いた。

オウム真理教による地下鉄サリン事件など一連の事件報道に携わったジャーナリストたち約100人にインタビューを行った

 園山さんは1997年生まれ。地下鉄サリン事件当時はまだ生まれていなかった。ゼミとしてオウム事件の報道に関わった記者へのインタビューを行うことが決まった去年(2018年)5月の時点では、オウム真理教について「大きなテロを起こした宗教団体、ぐらいの認識しかありませんでした」と話す。

 インタビューは村上教授とつながりのある記者から始め、その後、全国の新聞社などに直接連絡して協力者を広げた。もちろん断られることも少なくなかった。それでも粘り強く調査とアポを続け、協力者は最終的に100人を超えた。

―インタビューをする上で、オウム真理教や事件についての知識もある程度必要だったと思います。まずはどんな準備をしたのですか?

園山「まずは事件以前と事件後の報道分析を行いました。新聞のテレビ欄や、新聞・雑誌の検索を使って、事件の報道状況がどのように変化したかを調べました」

―インタビューではどんな質問をするのですか?

園山「必ず質問することというのが、まず、いつどのような形でオウム事件に携わったのか、オウムと出会ったのはいつか、オウムにどんなイメージを抱いていたか、信教の自由と報道との関係についての考え。そして、これが一番難しい質問だったのですが、『今の時点から考えて、当時教団の暴走を止めることはできなかったのだろうか』という問いをぶつけました。短い方でも1時間、長い方については4時間ぐらいお話を聞かせていただきました」

 "今の時点から考えて、当時教団の暴走を止めることができなかったのだろうか"というのは、ジャーナリストにとっては厳しい質問だ。報道と倫理にかかわる、過去の責任を問うことの妥当さ、難しさという問題を孕む。しかし、それは当時を知らない学生だからこそ聞ける質問かも知れない。村上教授は、「当時のことをよく知る人にしかできないインタビューもありますが、反対に当時を知らないからこそ聞けること、引き出せるオーラルヒストリーもあると思っています」と指摘する。

 地下鉄サリン事件から20年以上経ち、当時その現場や教団を取材した記者たちの中には、現在各社の幹部になっている人も少なくない。インタビューは「緊張の連続でした」と園山さんは振り返る。

―特に印象に残っているインタビューはありますか?

園山「ある新聞社の記者で、坂本弁護士一家殺害事件を丹念に取材し、その後、関連の連載記事を書いたという方がいました。当時から教団についてある種の異様さは感じていたものの、その方は、それを伝えきれなかった、もっと大々的なキャンペーンを展開していれば、という率直な思いを語ってくださって、『今もそのように感じているのか』と強く印象に残りました」

 教団に危険性を感じながらも、守られるべき「信教の自由」との間で、どう報道するべきなのかを悩む。学生たちの質問は、ジャーナリストたちの当時の迷いを改めて思い起こさせながら、「オウムの暴走を止められたとは思えない」と答える人も、「反省」や「忸怩たる思い」を語る人もいた。あるいは「この場だから初めて語るけどね」と、率直な考えを吐露してくれる記者もいた。

園山「私自身は30~40人のインタビューに立ち会ったのですが、なかには、『自分はもっと何かができたのではないか』と考え続けて、20年以上経った今も取材と報道を続けている方もいました。私が考えていた以上に多くの記者が反省的に当時を振り返っていて、今もその思いを持ち続けていることに驚きましたね」

実際のインタビューの様子

実際のインタビューの様子

―インタビューを通じて、オウム事件の経験は、日本の報道のあり方を変えたと感じましたか?

園山「報道における宗教の扱い方については、今でも明確な基準があるとはいえず、記者の意識によるところが大きいと感じています」

―そうした基準はあるべきだと思いますか?

園山「あくまで私個人の意見ですが、『この基準を超えたら信教の自由を侵しても良い』という明確な基準をつくることはできないと思うんです。ただ、信教の自由によって報道が妨げられることもあってはならない。当時も記者によっては『相手が宗教団体だから報道として扱いづらい』と考えて調査自体をためらうようなことがあったようです。そうした中で、報道における問題関心の対象に、宗教の問題もきちんと位置づけることが大事ではないでしょうか。そのためには私たち読者、視聴者のサポートも必要だと思います」

―オーディエンスのサポートですか。具体的にはどういうことですか?

園山「そういう宗教についての正確な報道を求める姿勢をもつということです。オウム事件に対して、報道は何もできなかったわけではなく、実際にスクープが結果的に被害を軽減させたという指摘もあります。そういう点での報道の価値を私たちが求めることが大事だと感じています。ある記者の方は、今はSNSですぐにリアクションがあり、炎上のような状況にもなってしまうだけに、当時以上に報道が難しくなった、とも話していました。一方で、当時教団に入った人たちが抱えていたような不安や悩みをもっている人たちは今もたくさんいて、同じことはまた起こり得ると感じます。『オウム事件はまだ終わっていない』とよく言われますが、本当にそうだと思います」

 園山さん自身も、大学卒業後は報道に関わる仕事がしたいという。今回の調査で多くの記者に話を聞いてきた今ジャーナリストをどんな仕事と捉えているだろうか。最後に聞いた。

園山「一番強く思っているのは、勉強し続けること、知りに行く仕事だということですね。村上先生からもよく言われるのですが、記者として責任をもって記事を出す以上、取材する内容についてのプロフェッショナルであることが求められます。知りに行ける、動ける、ということが大事だし、それが次の新しい問題への関心にもつながる。そのことを今回のインタビュー調査で自分も強く実感しました」

「オウム真理教事件とメディア―宗教報道はどうあるべきか―」

 村上ゼミでは、3月20日(水)19時から、東京都江東区古石場文化センター(江東区古石場2-13-2)にて、「オウム真理教事件とメディア―宗教報道はどうあるべきか―」というイベントを開催し、園山さんたちが研究成果を報告する。さらにその後は、ジャーナリストの江川紹子さんや映画監督の森達也さんなど、長年オウム事件に携わってきた第一線の方々を招いたトークセッションを行う。

要事前予約
(専用申込サイト
→https://tayori.com/form/101743a21f92e2ef84f2c4524e3a28a8a0576885)。

(取材・構成:茨城大学広報室)