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茨城県内の400の戦争遺跡が伝える戦争の記憶とは―人文社会科学部・佐々木啓准教授に聞く

「茨城における戦争の記憶とその継承」というテーマを掲げたシンポジウムが、2月3日(日)、水戸キャンパスで開かれる(第14回茨城大学人文社会科学部地域史シンポジウム「茨城における戦争の記憶とその継承」)。戦後73年を経過し、戦争体験者が減少している現在、どのように戦争体験を記憶し、継承していくかについて、さまざまな戦争遺跡や活動の事例をもとに検討していくものだ。今回のシンポジウムを企画した人文社会科学部の佐々木啓准教授のゼミでは、茨城県内にある戦争モニュメントの実地調査も行ったという。佐々木准教授にインタビューした。

右が佐々木准教授 シンポジウムポスターを手に 右が佐々木准教授 シンポジウムポスターを手に

―なぜこのようなシンポジウムを企画したのですか。

佐々木「茨城大学に赴任して5年経つ中で、戦争を記念したり、記憶して継承していくような建造物がたくさんあるなあ、と感じていました。調べてみると、茨城という地域は先の戦争にかかわるかなり重要な部分を担っていることが改めてわかるわけですが、では茨城県の人たちはその中の何を大事にして、何を見てこなかったのか、ということを考えてみたいと思ったんです」

―何を大事にして、何を見てこなかったのか、たとえばどんなことが考えられますか。

佐々木「茨城という地域においてメインとなるような戦争の記憶というのは、たとえば筑波海軍航空隊や阿見町の予科練(海軍飛行予科練習部)といった、どちらかというと軍隊に関わったり戦場に出かけていった人たちのものであり、それ自体はもちろん重い体験なのですが、そこだけに収斂していくような傾向があると感じます。ですから今回のシンポジウムでは、なぜそのように収斂していくのかということを、さまざまな研究テーマを手がかりに解きほぐしていきたいのです」

―戦争のモニュメントといってもさまざまな種類のものがありますね。

佐々木「記念館のような展示施設だけではなく、石碑のような記念碑も県内各地にたくさん残っています。私たちのゼミでは、先行研究なども参照しながら、茨城県内の記念碑をひとつひとつ巡って、それらが建てられた時期や、彫られている言葉などをシートに記録する活動を進めてきました」

約10ヶ月間をかけて県内の戦争モニュメントを巡った約10ヶ月間をかけて県内の戦争モニュメントを巡った

―県内にどのぐらいの数があったのでしょうか。

佐々木「約400です。学生・大学院生約15人を担当地域ごとに「県北」「県央・鹿行」「県西」「県南」という4つのチームに分けまして、去年の4月から地道に調査をしてきました。今年度はほぼ1年間、ずっとこの活動をやっていたような感じですよね。学生たちは本当に大変だったと思います」

―調査から見えてきたことはありますか。

佐々木「現在、建造された時期や書かれている言葉について、統計的な分析をしているところですが、時代ごとに、彫られている文字の特性があらわれますね。一番数が多いのが1950年代につくられたもので、それが約400のうちの半分以上を占めています。この時代に多い文字は「忠魂」というもの。アメリカによる占領が終わる中で、元軍人の方たちが、戦前の「忠魂碑」にあやかってつくったのではないかと想像しています。それが1960年代には「慰霊」が多くなり、1980年代以降になると「平和」が競りあがっていく、という過程を辿るんです。それぞれの時代における戦争観、あるいはそのせめぎ合いが見える、興味深いデータだと思います。この変化をどういう意味合いで考えていけばいいのか、ということをメインに研究しています」

調査内容について説明する大学院生の作間亮哉さん調査内容について説明する大学院生の作間亮哉さん

―シンポジウムの各講演・報告の内容を教えてください。

佐々木「基調講演を務める慶應義塾大学名誉教授の柳沢遊先生は経済史がご専門で、特に戦前・戦中に中国へ渡っていった中小商工業者がその後どのように生きていったかを研究されてきました。今回のシンポジウムでも、そうした民間の多様な方たちが経験した戦争をどのように記憶、継承していくかについてお話しいただく予定です。

 長く郷土史を研究されてきた丹賢一さんの報告は、北茨城市における風船爆弾と特攻艇「震洋」に関するもの。北茨城の大津には、爆弾をつるした気球をアメリカ本土まで飛ばすという「風船爆弾」の基地がありました。さらに平潟港には敵艦を自爆攻撃する特攻艇「震洋」の訓練基地があり、その格納壕の跡が今でも残っています。こうした事実は県内でも知っている方たちは多くないかも知れません。そうした中、「北茨城平和ミュージアム」を構想する市民活動などもあるんですよ。

 在日コリアン2世の張泳祚さんは、かつて朝鮮半島から日本に渡り常磐炭鉱での強制労働に従事した方たちの慰霊や、そうした歴史を伝える活動を長く続けていらっしゃいます。そうした歴史もまた忘れ去られがちですが、張さんたちは粘り強く活動を続けており、日立市内の関連史跡などの案内も積極的に行っています。

 そして金澤大介さんは、筑波海軍航空隊記念館の館長を務めています。積極的な広報活動や、ヒットした映画『永遠の0』のロケ地にもなったこともあって、多くの方が同館を訪れています。来館者に多く来てもらわないと、記念館を続けることができません。その意味では社会の関心を敏感につかみながら、記念館のあり方やPRについて常に模索されているのではないでしょうか。そうしたお話を伺えればと思っています」

北茨城市の平潟港に残る特攻艇「震洋」格納壕跡北茨城市の平潟港に残る特攻艇「震洋」格納壕跡

―まさに多様な切り口からのお話を伺えそうです。さらに、ゼミの学生のみなさんも、モニュメントの調査結果を報告するんですよね。

佐々木「実地調査が終わったばかりなので、シンポジウム本番までにどこまで分析できるかはわかりませんが、茨城に限らず、他地域を見てもあまり前例のないアプローチの調査になっています。今、学生たちと一緒にがんばって検証していますので、ぜひ楽しみにしていただければと思います」

第14回茨城大学人文社会科学部地域史シンポジウム「茨城における戦争の記憶とその継承」

・日時:2019年2月3日(日)12時30分~17時
・会場:茨城大学人文社会科学部講義棟10番教室
・入場料:無料(申込不要)

 詳しくはチラシ(PDF)をご覧ください。

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(取材・構成:茨城大学広報室)