学長・校長 特別座談会 大学は地域の未来へ提言する いばらき地域づくり大学・高専コンソーシアム
Chapter2
グローバル世界での、
大学人が提示すべきビジョンある指針とは?
これからの地方創生について、それを実現していくために必要なリーダーシップ像とは何か。その議論から、いま必要な教育、そして本コンソーシアムが取り組むべきことも見えてくる。
- 三村
- 地方創生あるいは地域の活性化はかなり大きな目標だと思うので、そのあたりをどう捉えて協力したらよいかという話にしたいのですが、日下部先生、口火を切っていただけますか。
- 日下部
- 地方創生というのはものすごく難しい課題で、それに我々は長年取り組んできたのだという認識はベースとして持つべきだと思います。77年の福田内閣のときに第三次全国総合開発計画(三全総)が策定されて、その時に定住構想というのが出ました。なぜ定住構想かというと、やっぱりその時にもう既に大都市への集中、出生率の低下といった認識があったからです。それから10年後の87年に四全総が出て、多極分散型の国土をつくるという目標が立てられました。竹下政権の時には「ふるさと創生」ということで各自治体に1億円を配ったりもしました。ですから、国土形成とか産業体系をどうするかというのは30年40年と実は営々とやってきていていますが、簡単な解決法はないとわかっていると思います。
それは、一つには人口構造というのがものすごく大きな要因になっていますし、国際的な競争社会になり企業が効率化を求め、産業が都市化する。これは世界中の傾向だと思います。最近さらに難しいのは、グローバル化になって、国内だけの人口の取り合いとか競争ではなくて、世界的な競争がバックグラウンドで動いている。だから地方創生と言うと特定の地域だけを見ますが、その裏では世界的な競争の社会に我々は生きていて、その中でどうやって地方創生を考えるかということが大きな課題であると思います。そういう認識がないと安易に短期的な成功物語をつくりがちで、根本的にはなにも変わらない結果となる。大きな流れの中で我々は何をすべきかをもう少し長期的に考えることを共通認識として持っておくことが、ものすごく大事だという気がしています。
その中で、COC+の一つのコンセプトである地域の学生がずっと地域で育ち、働き、育てるという一つの循環づくりは、私はそれなりの意味があると思いますが、日本全体のことや世界の競争を考えるとそれだけでは成立しないのではないかと思います。私は10数年前に町づくり、地域経営のことで京都大学の関係者、国土交通省の人たちと勉強会や研修会などをやったことがあるのですが、その時に町づくりで成功しているところは必ず、その町で生まれた人が外でさまざまな体験をして、そういう人たちが戻ってきて町づくりの中核になっている。「漂泊する人間」とかいろいろな言葉がありますが、自分の育った地域を離れ、一度外の世界を見ることによって、ようやく自分の地域がわかってくるということがあるわけです。そういう人材をつくらなければいけないと考えています。地域性、地域の固有性とか地域の持っている特性を評価すると同時に、問題解決の手法が他の地域に移転できるかどうかという視野を持つのは、体験的に比較することからしか生まれてこない。この地域で生まれ育ってずっとその中にいるだけの教育では、いま必要な人材はなかなか生まれてこないと思います。ですから、コンソーシアムをつくって最初のシンポジウムの時に何かメッセージをということで私が書かせていただいたのは、「育つ」ということでした。ちゃんと育てるということと、それから育った人たちで外に行った人たちをもう一度迎え入れるのだと。こういうコンセプトがない限り、特定の地域だけを考える人には地域の問題解決の移転性や時間移転性などの視野を身に着けることはかなり難しいだろうと思います。そういうことを可能にする教育プログラムを地域循環の中に入れ込む必要があると私は思っています。
教育というものを「教えること(教)」と「育てること(育)」に分けてみると、我々世代が受けた教育は実は9対1くらいで、教えることに精一杯で、育てていないのではないかと思います。三村先生もおっしゃったようにあっという間に知識が陳腐化するので、学生は自分たちで学ばないといけない、学び続ける力をもつ必要がある。教えることと育てることの今までの比率が大きく変わらないといけないと思います。三村先生のおっしゃった「自分で学ぶ」とか「学生視点で」というのはその点を指摘されていると考えています。
それをCOC+の中に入れていくというのが成功の指標=インデックスにもなるだろうと思います。インデックスというと、例えば交流人口が増えたとか、工業生産量、農業生産量が増えたとか言われるわけですが、地方創生といった時にそれでいいのか疑問です。すべてが世界競争の中で行われているという認識を持ち、何が成功指標かは我々大学人がビジョンをもって提示する。これは、人材育成と同時にも大学の重要な役割なのではないかなと私は思っています。

- 「地方創生の新しいインデックス提示は我々の仕事です」(日下部)
- 三村
- インデックスには即物的なものが多いですよね。
- 東海林
- そうですね。
- 日下部
- 先ほど申し上げた地域協働サポートセンターではUターンしている人たちをどうやってサポートするかという課題があります。サポートセンターのメンバーのOBたちの多くはUターン組なのです。高専を出て、大手で働いて、それで地元に戻ってきて起業しているわけです。そういう体験的なプロセスがものすごく大事で、そのプロセスの中で世界的な視野も持てるし、比較する視野も持てる。そういう人たちが地域のために働く。自分が育ったところに対する愛着は世界のどこの人でも持っているわけで、そういった戻ってくる人をどうやって迎え入れるかということを学校として考えることが必要だと考えています。そういう意味では、学校にいる学生たちの教育のみに重点を置くのではなく、OBのネットワークをもっと活用・強化すべきでしょうね。
- 三村
- ありがとうございました。
- 冨田
- ちょっとネガティブな発言になるのですが、「まち・ひと・しごと創生法」があって、長期ビジョンがあり、総合戦略があり、その中のそれぞれの評価指標も決まっている。ですから、地方創生ではその成功のインデックスも決まっているので、それに向かってやるしかないわけです。ただ、それぞれの地方が同じようなことをしても、今後日本の人口も増える方向にはないし、結局パイは限られている。そうするといわゆるゼロサムゲームみたいな話になってしまって、それぞれの地方が地方創生でやっていることを、いわば奪い合うという形です。そういう意味では、法や(国の)総合戦略が示すインデックスに照らし合わせて成功することはかなり難しいという気がするのです。こういうふうに言ってしまうと、ではなぜ我々はやっているのかという話になってしまうのですが……。
ただ、一方で評価の指標を測定可能な物質的なもので捉えるのか、あるいはもう少し、例えば満足度であるとかそういう別の指標でやってきたことを評価するということも、あるいは大事かもしれない。俗っぽい言葉ですがマイルド・ヤンキーというのがあって、地方に住んでいる人たちは大都市に住んでいる人から見れば「なぜこんな状況で満足なの?」というところなのですが、意外と地域に定着して子育てもし、満足度も高いということがあるわけです。また、日本の犯罪率とか実際の認知件数から言えば発生率は非常に低い。ただ、どこの国もそうなのですが、日本も不安率は非常に高い。治安に対する不安も高いし、被害に遭うのではないかという不安も高いわけです。
そういうことを考えると案外、主観的な評価も大事なのかなという気がするのです。何か地方レベルで考える時は、別の指標で評価してもいいのかなという気はちょっとしております。

- 「地方創生には、物理的なものとは別の指標も必要ではないか」(冨田)
- 日下部
- 私もまったく同感で、やはり新しいインデックスを出すというのは大学の仕事ですよ。政治の仕事ではないと思います。新しいインデックスは何かということをしっかり考えて提示するというのが我々の役割ではないかなと思います。
- 冨田
- それに関連して、さっき話題に出てきた魅力度などもそこに結びつくわけで、その指標を取れば茨城が最下位になるけれども、
ただ、別の指標を出して、これでいけばこうなるという言い方もある。どれだけ説得力があるかはまた別問題ですが……。でも、いまおっしゃった「それをつくるのが大学の仕事だ」というのは、すごく大事なことだというふうにつくづく感じました。
- 東海林
- 大学側が提示していくということは本当にそのとおりだと思います。ただ、そのベースとなることは何かというところまで考えていかなきゃいけない。
ちょっと話がそれるかもしれませんが、茨城大さんが常総市にボランティアに出掛けていったという話がございました。本学も実は10月3日の土曜日に被災地へバスを1台出したのです。私どもはシルバーウィークの後半はずっと授業を組んでいたものですから、学生が自主的に行けるタイミングがなかったために10月に組むことにしたのですが、その決断の決め手になったのが、ボランティアセンター等にニーズ調査をかけたときに、こういうニーズがまだこれだけ残っていて、出かけるだけでなく、役に立てる、ということがわかったことでした。コンソーシアムという形でそういう地域課題に取り組んで、地方創生のインデックスを出していくという時に、やっぱり一つの大学ですべてのニーズ調査ができるわけでもないし、それに向けてのすべての解決ができるわけでもない。COC+の申請書にも書かせていただいたとおり、例えば本学は子育て支援というところで協力しようという中では、この地域の子育て世代の親たちに対して、最終的には我々がインデックスを提示するにしても、やはりニーズ調査をじっくりとやるというところからスタトする必要もあるのではないかという印象を抱いています。
また、たまたま私は先月、スウェーデンのストックホルムと、提携校のあるベクショーという小さな都市を訪問してきました。ヨーロッパの中でも少子化問題を抱えているにもかかわらず、ストックホルムとベクショーは人口が増えているのだそうです。もちろん福祉関係の充実というのは都市を中心にしっかりしているということがありますが、もう一つのキーワードとして、環境にやさしい町づくりということを特にベクショーに関しては政策的に進めているというところがあるのです。
こうなってくるともちろんコンソーシアムだけでは手におえる問題ではなくて、行政が絡んでくる問題ですが、今後の社会を考える時に環境にどういうふうに配慮した町づくりをしていくかということは、大学側からの提言として一つ大事なことなのかなというふうに感じています。
- 三村
- 大学・高専が地域の目指すべき姿とか、その成功の指標を提案すべきだというのは、まさにそういうことが期待されているのだなと思いましたが、二種類あるような気がしています。
一つは人づくりというか、要するに教育してどういう人材をつくるか。卒業生がすぐにここに定着しなくても、どこかに行って頑張ってもよい。どういう人をつくり続けていけば社会の希望がつながるか、という人づくりの目標が一つある。もう一つは地域づくりですよね。地域社会に関する満足度とか魅力度といったインデックスがある。では満足や魅力の中身は何なのかという話になったわけですが、地域だけのことを教えるという話ではなくて、先ほど日下部先生がおっしゃったように、地域が分かるためにもよその経験や、世界の情報が入ってくるとか、移転性とおっしゃったでしょうか、そういうことがすごく重要だと思います。大学と高専が集まって地域志向教育をやる時にそういう工夫ができることは何かあるでしょうか。
- 日下部
- 地域づくりというのはなかなか難しく、企業経営を地域の人がどう考えるかによって我々学校関係者ができる分野というのはかなり限定的になると思います。よく出るのが富士フイルムとコダックの比較の話で、富士フイルムは早期に多分野に展開しカメラのフィルム需要が縮小しても医療分野等で十分生き残っている。だから、どう将来を見るかというある意味の歴史観を持った経営者がいない限り、なかなか地域づくりでリダーシップは取れないなという気がします。そういう議論の場を大学が提供するというのはすごく大事な役割なのではないかと思います。ただ、共同研究などによる個別の問題解決だけではなくて、いかに歴史観を学び、自らの歴史観を形成し、その上でリダーシップを取れる人材をどのようにつくるか。これが我々の最終的な目標になるのではないかという気がします。グローバル人材を表現するとき、よく様々な分野で国際的に活躍すると言われますが、真に国際的に活躍できるかどうかは、いかに多国籍な集団の中リーダーシップを取れるかで決まると思います。
私どもは工業高専ですので、カリキュラムは物理と化学をベースにしたものを教えていますが、多国籍集団の中のリーダーシップを身につけるには、さらに広いものが必要であると考えています。それらをどのようなプログラムでどのようにして学生に身につけさせるか。語学力は当然のこととして、ファシリテーション力のようなものもないとリーダにはなれない。いかにそういったリーダーをつくり上げるかということが人材育成の一つの目標であると思っています。
いま、その試みとしてインドネシアのボケーショナルスクールと共同した教育プログラムの提案書を書こうとしているのですが、このコンソーシアムでご協力いただけるのでしたら、ぜひお力を貸していただきたい。その中で多国籍集団の中で異なる言葉も文化も理解しつつ、リーダーシップが発揮できるような人材が育つのではないかという期待を持っています。
本コンテンツの内容は、2015年10月6日、茨城大学学長室で実施された座談会のようすを、web掲載用に編集したものです。