人文社会科学部・青山和夫教授ら、マヤ文明の新たな製塩所跡を発見 金属顕微鏡による石器分析で食料の貯蔵・流通を明らかに

 本学人文社会科学部の青山和夫教授と米国のルイジアナ州立大学のヘザー・マキロップ特別教授は、中央アメリカのベリーズにおいてマヤ文明の製塩所跡を発見し、さらにそこから出土した石器の分析により、古代マヤ人が大規模な製塩と魚・肉の貯蔵・流通をしていたことを解明したと発表しました。
 マヤ文明の製塩遺跡から出土した石器の使用痕の分析については、青山和夫教授が、高倍率の金属顕微鏡を用いた方法にて世界で初めて行いました。
この研究論文は、10月8日の週に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載される予定です。

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パインズ・クリーク製塩遺跡から出土したチャート製石器

ルイジアナ州立大学が発表したリリースの日本語訳

【米国ルイジアナ州バトンルージュ発】生命の維持に欠かすことのできない塩。古代文明が狩猟採集から農耕へと移り変わろうとしていた時代に人類がこの必須栄養素をどのように確保していたかについては、これまではっきりしたことがわかっていませんでしたが、このほどルイジアナ州立大学(LSU)の人類学者によって、三千年前から高度な文明を発達させた古代マヤ人が、貴重なミネラル分である塩をどのように生産、貯蔵し、流通させていたのかを探るヒントとなる古代の製塩所跡をベリーズで発見しました。パインズ・クリーク製塩遺跡群(Paynes Creek Salt Works)と呼ばれるこの遺跡群から出土した石器を新たに分析したところ、マヤ人が大規模な製塩を行っていただけでなく、魚や肉を塩蔵することで必要な栄養素の確保を図り、さらに交易品として貯蔵・流通させていたことが示されました。

 研究を主導した同大学地理・人類学部のヘザー・マキロップ特別教授(Heather McKillop, Thomas & Lillian Landrum Alumni Professor)は、「海底探査でも発掘でも魚や動物の骨がほとんど発見できなかったので、石器の使用痕を顕微鏡で詳しく分析した結果、大部分が魚や肉を切ったりそぎ取ったりする作業に使われていたことがわかったことは意外でした」と述べています。

 この研究は、石器の使用痕分析のエキスパートである茨城大学人文社会科学部の青山和夫教授と共同で実施されました。今回発掘された遺跡は、周囲をマングローブの林に囲まれ、海面上昇によって塩水ラグーンの下に沈んでいた約3平方マイル(約7.8平方キロメートル)の範囲にわたっています。
マキロップ特別教授によると、海面が上昇したことで、一帯の遺跡は完全に水没していました。
 マングローブが堆積してできた酸性の泥炭は、炭酸カルシウムでできた骨、貝殻、小型の化石を分解してしまうため、発掘では魚や動物の骨はほとんど出土しませんでした。その一方、マングローブの泥炭には、中央アメリカの熱帯雨林で通常なら腐敗してしまう木材を保存する性質もあります。残されていた木材を2004年に発見したマキロップ特別教授は、米国立科学財団(National Science Foundation)とアメリカ地理学協会(National Geographic Society)の助成により、学生らとともに水没した遺跡の発掘とマッピングを進めました。発見された4,000本以上の木杭が手がかりとなって、塩水を入れた甕を火にかける方式で製塩を行っていた作業所がこの一帯に多数あったことが明らかになりました。土器を使用する伝統的な製塩の手法は現代にも受け継がれ、土器製塩と呼ばれています。

 土器を用いて製造された塩は、魚や肉の塩蔵品作りに使用されました。保存性の高いこれらの交易品は、地域一帯の市場にカヌーで運搬することも可能でした。西暦300年から900年にかけて発達した古典期マヤ文明の時代、人々は近海や河川を舟で移動し、河口から15マイル(約24km)ほど内陸に入った地域にも交易や物々交換のために訪れていたのではないかと考えられています。
 「今回の発見によって、古典期マヤ文明の人々が生命維持に必要な塩をどのように生産し流通させていたのかが、具体的なモデルとして描けるようになりました」とマキロップ特別教授は述べています。
 この研究論文は、10月8日の週に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載される予定です。

茨城大学の青山教授による調査成果の説明

世界で初めて高倍率の金属顕微鏡を用いてマヤ文明の製塩遺跡から出土した石器の使用痕を分析

 マヤ文明は紀元前1000年頃から16世紀にスペイン人が侵略するまで、旧大陸との交流なしに中米で独自に発達した都市文明でした。マヤ人は鉄器や大型の家畜を使わず石器を主要利器として高さ70mに及ぶ石造神殿ピラミッドを人力で建造しました。マヤの支配層は、16世紀以前のアメリカ大陸で文字(4万~5万)、暦、算術や天文学を最も発達させました。

 茨城大学人文社会科学部の青山和夫教授は、パインズ・クリーク製塩遺跡群から出土した20点のチャート製石器の使用痕を、マヤ考古学では広範に実施されていない高倍率の金属顕微鏡を用いた方法(現在、世界で二人だけが実施)で分析しました。マヤ文明の製塩遺跡から出土した石器の世界初の使用痕分析です。ヘザー・マキロップ特別教授は、チャート製石器が木の加工に用いられた可能性を示唆し、青山教授に使用痕分析を依頼。青山教授がチャート製石器を借り受けて茨城大学で高倍率の金属顕微鏡を用いて使用痕を分析したところ、実際に一部の石器に木の加工の使用痕が確認されました。しかし使用痕分析によって、大部分のチャート製石器は魚・肉・皮の加工に使用されたことが判明しました。石器の使用痕データは、マヤ文明の経済活動や食生活を検証する上で極めて重要な意味をもちます。

 パインズ・クリーク製塩遺跡群では、600~900年に住居内ではなく木造の製塩作業小屋の中で一世帯の消費量を大幅に上回る塩が生産されました。塩はカリブ海沿岸部だけでなくマヤ低地内陸部に地域間交換されました。先スペイン期のメソアメリカにおいて、家畜はイヌと七面鳥だけでした。古典期マヤ人は、どのように動物性たんぱく質を摂取していたのでしょうか。本研究はこの問いに対して石器の使用痕という実証的なデータに基づき、塩漬け、干し物にされた海産魚のマヤ低地海岸部からマヤ低地内陸部の地域間交換が一定の動物性たんぱく質の供給を担っていたという仮説を提示します。特筆すべきは、使用痕を分析したチャート製石器が魚・肉・皮の加工に主に使用されたことです。近隣のワイルド・ケイン・キー遺跡の住居跡のごみ捨て場から、アジやスズキなどの骨が出土しています。こうした魚の干物を作る際に、チャート製石器で魚の腹を切り開いて内蔵を出したと考えられます。皮の搔き取りに関する使用痕は、魚を塩漬けにする際に塩分の浸透を促進するために鱗を取る作業であった可能性を指摘できます。

 パインズ・クリーク製塩遺跡群から出土したカヌーと木製櫂は、ベリーズ沿岸部から内陸部の途中までカヌーが輸送に用いられたことを示唆します。たとえば、内陸部のルバアントゥン遺跡では、動物遺存体の39%はアジやスズキを含む海産魚です。さらに内陸部のティカル遺跡やセイバル遺跡においても、海産魚の骨が出土しています。つまり、魚の干物は徒歩で内陸部に輸送されたのです。

 パインズ・クリーク製塩遺跡群の発掘調査によれば、魚の背骨1点とマナティの肋骨片1点が出土しているにすぎません。骨の出土量が極端に少ないのは、マングローブ泥炭は酸性なので、土器の夾雑物の石灰岩やマングローブ泥炭に堆積した牡蠣の貝殻の炭酸カルシウムが溶け出して魚骨や他の骨が保存されにくいのが一因かもしれません。しかし筆者らは、魚全体が塩干しによる干物として骨ごと内陸部に運ばれたのが主因ではないかと考えます。仮に魚の干物の重量を減らすために頭部を切除したのならば、骨を切断した使用痕が石器に残っているはずです。しかし、パインズ・クリーク製塩遺跡群のチャート製石器には骨の加工に関する使用痕は全く認められません。一方カリブ海沿岸の古典期マヤ人は、マナティの肉を食用しました。一部の分析石器が、マナティなど動物の肉の切断や皮の搔き取りに使われた可能性を指摘できます。

 マヤ低地海岸部からマヤ低地内陸部への地域間交換品としては、これまでに塩、カカオ豆、放血儀礼に用いられたアカエイの尾骨、海の貝などが挙げられてきました。これらの交換品に加えて、海産魚の干物がマヤ低地の地域間交換において従来考えられていたよりも重要な役割を果たしていた可能性が高いといえます。マヤ低地内陸部からは逆にトウモロコシや他の物資が運搬されたのでしょう。調味料としての塩だけでなく、塩漬けにされた魚の干物は、ローマ帝国や古代中国文明において動物性たんぱく質の保存食や交易品として重要な役割を果たしました。塩干しによる魚の干物は長期間にわたって貯蔵できます。塩と魚の干物は貯蔵が可能であり、マヤ低地内陸部の食料の不足を補い、古典期マヤ諸王国の富の蓄積に重要な役割を果たしたと考えられます。

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パインズ・クリーク製塩遺跡から出土したチャート製石器の使用痕(200倍)

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パインズ・クリーク製塩遺跡から出土したチャート製石器の使用痕の分布

(2018年10月9日)