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福島・原発事故被災地の文化施設を拠点にコミュニティ復興に挑む茨大生たち

レポート

 福島県富岡町の文化交流センター「学びの森」は、図書館、コンサートホール、歴史民俗資料館などがひとつになった、大規模な文化施設だ。2004年に開館し、町の人たちの憩いと交流の場となっていた。しかし、2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、富岡町全域が住民避難の対象となり、20188月現在でも北東部の一部は帰還困難区域になっている。この富岡町で、2017年に再開した文化交流センターを拠点として地域のコミュニティ復興に寄与すべく、活動している茨大生たちがいる。

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 富岡町で文化交流センターを拠点とした復興活動に取り組むのは、羽田野里菜さん、永田典子さん、大貫史織さん、野平知里さん、戸谷実花子さん。いずれも人文学部3年生だ。地域の課題に取り組む実習科目「プロジェクト演習」の一環で、この活動に参加している。プロジェクトチームの名前は「とみ咲ク」。

 同科目における富岡町の復興プロジェクトは、富岡町役場に勤める本学卒業生が、学外のさまざまな課題を広く求めて解決に取り組んでいる「プロジェクト演習」を知り、担当の鈴木敦教授に相談をもちかけたことをきっかけに始まった。その後鈴木教授と富岡町の担当者は打ち合わせを重ね、この間、富岡町は関係者の不安を払拭できるよう、活動が想定される地域の放射線量に関するデータを積極的に提供した。約9か月間にわたる事前準備を経て、2018年4月20日の授業で具体的な課題の提案に漕ぎ着けた。

 富岡町からのプロジェクト提案に、最初に手を挙げたのが、リーダーを務める羽田野さんと、副リーダーの永田さんだった。2人とも読書が好きで、図書館やホールを使う企画に興味があったという。その後、野平さん、戸谷さんが加わり、最後に昨年も同科目で汗をかいた大貫さんが加わることで、プロジェクト発足の要件となっている「チームメンバー5人以上」という条件をクリアし、「とみ咲ク」チームが誕生した。ちなみに福島県出身者はゼロだ。

photo2.jpg打ち合わせに臨む「とみ咲ク」のメンバーたち

 メンバーが初めて富岡町を訪れたのは5月20日。文化交流センターへと向かう道路を挟んで左手は帰還困難区域となっており、バリケードがせり立っていた。車窓から見えるその光景に、まずは大きなショックを受けた。

「九州出身ということもあって、東北の状況についてあまりに無知だったと思い知らされ、びっくりしました。想像だけではすべてを知ることは難しく、現地を訪れて改めて今回の活動について身が引き締まりました」(羽田野さん)

 実際に目の前にした文化交流センターは、想像以上の大きさだった。研修室など住民の方々がサークル活動などで使える部屋もたくさんある。しかし、図書館以外の施設には利用客の姿がほとんどなく、多くの部屋が使われていなかった。

「いろんな機能が集まっていて『文化交流』という名前にふさわしい素敵な施設だと思いました。でも日曜日だったにもかかわらず、あまり人がいない...もったいないと感じました」(永田さん)

 富岡町から示された課題は、図書館や文化交流センター全体をハブとして活用した「心の復興」。実際にセンターを見学した「とみ咲ク」メンバーたちは、大学に戻り、どんなことができるかについてアイディアを出し合った。

 たとえば、「落語体験教室」。チームでは会計係を務める戸谷さんは、大学の落語研究会にも所属。落語を通して気持ちを豊かにしてもらえれば、という企画である。

 それから、センターの多様な施設を利用した「謎解きスタンプラリー」。町の人たちに、何よりもまず、各施設を自らの足で巡ってもらい、理解してもらうことを促す企画だ。謎解きスタンプラリーに使うマップをデザインするのは野平さん、電子データ化するのは戸谷さんの仕事だ。

photo3.jpg謎解きスタンプラリーで実際に使ったイラストマップ

 こうした企画を町役場の担当者にも提案し、実現に向けてブラッシュアップしていく。そして8月にプレイベント、11月には大ホールを使った「文芸祭」を行うことに決め、準備を進めていった。文芸祭では、自分たちだけが発信するのではなく参加者と一緒に作り上げるイメージを大切にしている。

 イベントの広報にあたっては、地元の小中学校も訪問した。富岡町の小中学生の数は17人。2学期からは3人増えて20人になるそうだ。

photo4.jpg落語体験教室の様子 高座に座っているのが戸谷さん

 8月23日に実施した落語体験教室には、その小中学生たちがバスでやってきてくれた。落語研究会に所属する戸谷さんのつながりで、先輩の堤仁人さんが落語を披露。不安もあったが、「落語を初めて聞いた」という子どもたちが、自分の噺で笑ってくれたことに手ごたえを感じられた。

「震災前には文化交流センターを使用していたサークルがあったと聞いています。ただイベントをやるだけでなく、そのイベントを通して文化交流センターの機能を改めて知ってもらい、良いところだと思ってもらいたい。そしてぜひそこを使っていただきたいです。住んでいる人たちの新しい趣味や生きがいづくりにつながればと思って企画を考えるようにしています」(羽田野さん)

 次に8月26日・日曜日に行われた「謎解きスタンプラリー」。役場や図書館の方々も積極的に広報してくれて、地元紙の福島民友新聞でもイベント当日の朝刊に紹介記事が掲載され、約60人が集まった。これまでいくつもの催事を担当してこられた役場の方からも「60人も集まったなんて上出来!」と褒められた。参加者の中には、センターを初めて訪れたという人たちも少なくなく、「こんないいところがあったんだね」「また来るよ」と言ってもらえた。

photo5.jpg謎解きスタンプラリーの様子

 それでも「とみ咲ク」メンバーにとっては、決して手放しで喜べる結果ではなかったようだ。

「スタンプラリーの参加者に、子どもたちが思いのほかたくさんはいなかったんです。あとで、この日は始業式前日で、なかなか来づらかったのだと知りました。地元の方ともっと連携して、お話を伺っていれば、日程も考慮できたはず」
「図書館内でスタンプラリー参加者同士が出会って、直接話をして、それが継続的な交流や復興につながれば、と思っていたけれど、認識が甘いところがありました。『できるだろう』を前提とするのではなく、『このやり方ではできないかも知れない』『できるためにはどうするか』というふうに、視点を考える必要があると思います」(羽田野さん)

「センターを知ってもらう、という点ではひとつの足がかりにはなったと思いますが、準備が足りませんでした。役場や図書館の方々がローラー作戦で広報してくださったのですが、肝心の自分たちは現地での活動時間に制限があり、十分な広報ができませんでした。この反省を次に活かしたいです」(永田さん)

「ついつい後手になってしまいがちで、役場や図書館の方々のご協力がなかったら成功しなかったところが、たくさんありました。次はもっと段取りを考えて、直前になってご迷惑をかけないようにします」(大貫さん)

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 イベント翌日に水戸で開いた反省会。移動の疲れもまだ残る中、メンバーたちは参加者アンケートを眺めながら、改善点などを真剣に話し合う。

 全員が「部外者」だからこそ、富岡町の人たちとのコミュニケーションや連携がもっと必要。実は「とみ咲ク」では、7月に「福島県県内避難者・帰還者心の復興事業補助金」に申請し、見事補助金を得ることができた。これを活動資金とし、もっとたくさん富岡町へ足を運ぼう、と心に決める。

 学生たちのこの真摯な思いが、富岡町の復興の花をきっと咲かせてくれるだろう。

photo7.jpg「とみ咲ク」チームメンバーと鈴木敦教授

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(取材・構成:茨城大学広報室)