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新著『昭和ノスタルジー解体』を刊行、人文社会科学部・高野光平教授に聞く

インタビュー

 人文社会科学部の高野光平教授(メディア史・文化社会学)が、初の単著書『昭和ノスタルジー解体 「懐かしさ」はどう作られたのか』(晶文社)をこのほど刊行した。2005年公開の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のヒットに象徴される昭和レトロブームや「昭和の懐かしさ」の記憶が、戦前生まれ、団塊の世代、ポスト団塊、無共闘世代、新人類、団塊ジュニア...という各世代のノスタルジーやポップカルチャーを通じて構築されていく様子を、1970年代以降発売された雑誌等の記録をもとに丹念に示した労作だ。執筆にあたっての思いやこれからの時代のノスタルジーについて、高野教授に聞いた。

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―この本のもととなった調査は、2000年代の昭和レトロブームの現象と、日本の一連の文化現象との連なりについての先生自身の素朴な思いや疑問から始まったと書かれていますね。書き上げた感慨や手ごたえは?

高野「『ALWAYS 三丁目の夕日』で昭和ブームがあったときに、これって一過性じゃなくて前からずっと続いてきたよね、ということは、なんとなくみんな感じていたと思うんですよね。でも具体的に何がどうしてこうなったのかがうまく説明できなかったし、それを資料でどう後付けていくかというのが難しくて、とにかく関連しそうな雑誌を何年もかけて端から順に読んでいきました。その結果、本書でも出てくる『ビックリハウス』『宝島』『POPEYE』といった雑誌に、レトロなものに対する感覚の発生というのがかなり忠実に記録されていたことが分かりました。おかげでもやっとしたことをはっきりと形にすることができたな、と思っています」

―雑誌をたくさん参照したとのこと。研究室にもたくさん雑誌がありますね。

高野「当事者にインタビューするという方法もあったと思うんですけど、新鮮な状態で記録されたものを、自分のもっている技術で読み解くというのが一番正確だな、と思い、当時記録されたものに基本はこだわりました。資料からいえることだけをいいたい、という形でやりましたね。
 戦後昭和はありとあらゆるセンスが雑誌を通過しているので、雑誌を通じて感覚の発生や変容をもっともとらえやすい時代だと思います。今は雑誌が少なくなっていますし、明治や大正もそれほど多くはない。雑誌分析を中心に議論を組み立てたということは、対象が戦後昭和ということと深く結びついているかも知れませんね」

kono2.jpg研究室の本棚には今回参照した書籍がずらりと並ぶ

―多くの資料を取り寄せ、読み込んだということですが、振り返ってみて、今回の議論を組み立てる上で記録が十分に残っていたといえますか?

高野「十分だと思います。80年代なんかは特に、レトロ感覚やアナクロニズム(その時代にそぐわない文化を嗜好すること)といったものは基本、雑誌で展開されていたので、正しい雑誌さえ探せば良かった。唯一見つけられなかったのが(90年代の)渋谷系とノスタルジーの関わりを示す資料ですが、これだけ探してないのだから見落としではなく『ない』ことに意味があるんだろうと、そう思えるくらいには幅広く読み込んだつもりです」

―本やレコード・CDジャケットなど掲載図版も多く、日本のサブカルチャー史の読み物としても楽しめる内容でした。

高野「書店を結構回ったんですけど、だいたい7割がサブカルコーナーに置かれていて、2割が社会学、1割が現代史という感じです。"昭和懐かし○○"とかと混ざっているのがほとんど。だったらもっと簡単な文章にすればよかったんじゃないかとも思いますが、社会学の学生、大学院生に読んでほしいという思いと、サブカルチャーの本として読んでほしいという思いと半々なんで、ちょっと難しく言わなきゃならないところはそのまま残した感じですね」

―本の中では、昭和についての集合的な記憶をつくってきた核として、「キープオン」という概念を提唱しています。幼少期などに触れた過去のカルチャーを、「いま見ると懐かしい」と感じるノスタルジーでもなく、「いま見ると面白い」というアナクロニズムでもなく、「いまだに面白い」という態度のことで、データベース欲求をもち、後の「おたく」につながるものと説明されています。これは日本の文化の特徴といえるでしょうか。

高野「そうですね、昭和の記憶の形成に重要な役割を果たしたのはおたくであって、おたく的な傾向の重要な軸になっているのがキープオンだという話をしたわけです。昔のことを語るのにディテールまでこだわってしまう傾向が懐かしの昭和を支えているというのが結論なんですけど、それ自体は欧米なども同じだと思うんです。ジュースの瓶とかお菓子の袋のコレクターとかすごい細分化されてますよね。ただ、日本においては、それがマニアックなレベルに留まってないといえるかも知れません。ポピュラーなマスレベルで展開するカルチャーと、そういうマニアックなデータベース志向のカルチャーが分断されていない、地続きになっている。その意味では、この本で示したのは、メインカルチャーとサブカルチャーという日本文化史の大きな議論の一部ともいえるでしょうか。サブカルチャーが国民的な記憶をつくりあげたというのは、日本文化論として面白い結論になったと思います」

kono3.jpg昔の雑誌を多く有する高野研究室 学生たちも時折手にとって眺めている

―昭和どころか、平成さえ終わろうとしている中、今の学生たちは「昭和」をどのように捉えているのでしょうか。

高野「学生にとっての昭和は、1980年代のことだと思います。60年代、70年代のことはそもそも絶対的に知識が少ないんです。彼らの情報経路に60年代、70年代があまり上がってこない。親が80年代=青春というケースが多いので、家で80年代の音楽やファッションとかはたくさん見聞きしている。近い過去という漠然としたものに「昭和」という名前をつける傾向が増えているわけで、かなりの勢いで若者にとっての昭和が80年代を意味するようになっている気がします」

―今後は90年代や平成もノスタルジーの対象になるのでしょうか。

高野「世代にノスタルジーが生まれるためには、その世代に過去を語る強い動機が必要です。団塊の世代は生きる意味を探すため、無共闘世代は団塊との差別化、つまりノンキな自分たちをマンガやテレビに託した。ところが団塊ジュニアより下には、ノスタルジー本の書き手がほとんどいません。90年代ノスタルジーなどは、それ以前の時代とくらべてまったく盛り上がっていない印象です。そこにはネット文化の特質が関わっているかもしれません。
 ネットで懐かしいコンテンツが目に入ってきたら、懐かしいとは思うけど、その瞬間に終わりですよね。この時代といえばこれ、というステレオタイプ化が急速に行われるメディア環境だと思うんです。ネットで回ってくる画像や動画は決まったものばかりだから、感動が薄れちゃうし、多様性が失われてしまう。新しい画像や動画をアップする役を誰も担わなければ、いつまで経っても新しいものは出てこなくて、すでに出回っているものばかりが延々と...という状況になる。そうすると、90年代といえばこれだよね、みたいに思い出がパターン化されてしまって、盛り上がりにも欠けるということがあるかも知れません。もちろん、80年代以前にもそうしたパターン化はありますが、雑誌中心に展開していた時代はもう少し一覧性が高く、バラエティにとんだノスタルジーだったと思います。
 それから、年長者がノスタルジーを語る動機として、現代の文化に馴染めない、ついていけないということがあると思うんですけど、今はツイッターとかで10代と50代が普通に会話するとかあるわけです。異なる世代の人たちが自由にコミュニケーションしていくことによって、世代による文化の分断の感覚が小さくなり、年とってもなんとなく文化の最先端にいる感覚を持ち続けられる。そうすると「昨今の若い文化はつまらない」とか「昔のほうがよかった」とか言う人が少なくなります」

―そのことによる弊害は?

高野「文化のダイナミズムは、過去のエッセンスをとりいれて、それを最新の形にしていくリバイバルを繰り返すことで生まれてきました。その中で年長者のノスタルジーって重要な役割を担っていたと思うんです。若い人たちが新たな発見をしたいという好奇心だけで過去に向かうってなかなか難しくて、"ノスタルジーおじさん""ノスタルジーおばさん"たちが、若い人たちが過去に目を向けるお手伝いをしてくれていたんですよね。このおじさん、おばさんたちのノスタルジー力が減るというのは、文化にとってはあまりいいことではないと思います。今はまだ、マンガ、アニメ、音楽などのファンコミュニティに30~50代のおせっかいな人たちがたくさんいますが、これからどうなるかわかりません」

kono4.jpg人文社会科学部では教員による合評会も行われた

―私たちに求められることは?

高野「ステレオタイプに閉じ込めようとするのはしょうがないことと思うんですけど、戦後昭和以降は、多様性をたもちつづけることのできる記録の量があるんです。大量の映像があり、写真があり、同時代を記録したテキストがあり...昭和ってこういう時代でもあったけどこういう時代でもあった、みたいな多様性をどこまでもキープしていけるんです。それってやっぱり大量の資料が開かれているということだと思うんですよね。大量のテレビ番組やCMに、アクセスしようと思ったらできる状態にしておく。多様な姿を残しておくということは、歴史から学んで未来を構想していく上で必要なことですから、資料のアクセシビリティが今後の鍵だと思います」

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書籍情報

  • タイトル:『昭和ノスタルジー解体 『懐かしさ』はどう作られたのか』
  • 著者:高野光平
  • 出版社:晶文社 出版日:2018年4月10日 価格:2500円+税

(取材・構成:茨城大学広報室)